市場価格

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私の価格はいったいいくらなのか?

ベテラン営業マン河村操は8年前から考え始めた。あと3年で40歳になる。その年から。

終身雇用が崩れ年功序列が崩壊。右肩上がりに給料が上がる時代は終わった。大規模リストラの声も聞かれ始め、マスコミではサラリーマン気楽な稼業の終焉を告げた。そのころからベテラン営業マン河村操はときおりこの考えに襲われた。

「俺っていくらなんやろ」「何ですか?河村さん」思ってる事が声に出たようだ。中の良い後輩の高島と居酒屋で飲んでいた。「どうしたんですか、河村さん」

「いやいや、お前今の給料ってもらいすぎと思った事あるか?」「給料ですか。」河村のしつもんに高島が答えた。「なにいってんすか、河村さん。ぼくがいくらもらってるかしってるでしょ?高いわけないじゃないですか。他のメーカーと比べても最低ですよ。わたしもう30ですよ」高島は業界他メーカーとの差を言ってるのだ。

河村が勤める業界は他業界に比べて給料水準が高い。だけど、業界内の中では決して高くはない。その考えに河村も賛同している。

「いやいや、お前の言いたい事はわかる。でもなあそういうことやないねん。俺って絶対給料もらいすぎやと思うねん。」「えー河村さんそんなもらってんすか」「いやいや違う。お前よりは多いけどそういうことやないねん」「なんすか。意味わかんないっす」

河村操はこう考えていた。もし、俺が今会社をやめたとする。そして今までもらっていた年棒を公開するとする。もし年俸以上の力が俺にあればどこかから必ずオファーが来る。当然だ。「おいおい、A社の河村操会社やめたらしいよ。で年俸公開してるらしいよ。200万円だって」200万は推定だ。

もし河村操の価値が500万円なら、掘り出し物だ。業界の他メーカーからオファーが殺到するだろう。でももし、河村操の仕事力が150万円しかなかったと判断したら、彼はだれからもオファーがない。

彼が仕事を見つけるには方法は2つ。150万円で妥協するか、500万以上の力をつけるだ。最近ずっと河村操は考えている。

「おれって給料以上の力ないと思うねん。もらいすぎやねん」「なにいってんすか、河村さんは仕事できるし、もっともらっていいはずですよ」高島が言う。「ありがとうね」と河村は言ったきりまた考えだした。

よく考えたら会社の中とか外とか関係ない。つねに年俸以上のスキルをつけておかないといけない。たまたま、今はまだ会社は年俸を払い過ぎているのに気づいていないだけだ。絶対にそのうち気づく。社内外を問わず市場の原理がはたらく『神のみえざる手』がさようする。

河村操は考えた。今、給料を多めにもらっているあいだにスキルを磨く事にしよう。それが将来必ず役に立つ。それが社内か社外かは関係ない。

その日から河村操は勉強をはじめた。手当り次第にはじめた。スキルをあげるためには投資を惜しまない。高額のセミナーにも参加した。勉強会とよばれる物にも参加した。そのほとんどが高すぎて、支払っただけの価値を提供していない事もわかった。

河村操は結局会社員時代にもらっていた額にすこし足らないスキルを持って、市場に飛び出した。市場はシビアだ。今年の年棒が本当の河村操の評価だ。非常に苦しいし怖い。でもその準備は常にしてきた。

一番効率的なのは自分のスキルより少し評価の高い年俸をもらいながら定年まで会社にいることだ。でもこれもリスクがある。もし、あなたの力が会社の年俸より遥かに高くてもその評価がもらえないことがままある。そんなときは飛び出せばいい。

「河村操今なら800万ですよ。お買い得ですよ」あなたの力がそれ以上なら市場はほっておかない。

常にこの事を念頭に入れてひたすら自己研鑽に励めばそんなにひどい事にならない。市場は思っている以上に公平だ。