昔、通っていたスポーツジムに変わったあいさつをする男性がいた。
ジムについてロッカールームに行く。当然だが会員さんが大勢いる。わたしはすれ違う人や目があった人には必ずあいさつする。こんばんわ。こんにちわ。お疲れ様です。というふうに。
いつものようにジムに行くと、その変わったあいさつをする男性がいた。例にもれず私は「おはようございます」とあいさつした。すると、その男性は「はい」と言った。なんとなく違和感を感じたが、そのままスルーした。あいさつしても無視する人もいるので、返答してくれたその人に対し特別な感情を持つことはなかった。
ロッカールームを出てフロアに向かった。いつものようにトレーニングをはじめる。なんかひっかかる。ロッカーでのあいさつ、なんで違和感があったのか気になってきた。ずっと考えていたが答えはでなかった。
その後しばらくその男性を見かけなかったので、そんなこともすっかり忘れていた。ところが、その日彼がいた。かれはロッカールームに座っていた。他の会員さんがつぎつぎ彼にあいさつする。「おはようございます。」すると彼は「はい」。お疲れ様ですと誰かが言う。すると彼「はい」。何度かその声を聞き、私はフロアに向かった。
また考えていた。やはり何かおかしい。なんでだ。ずっと考えた。やっと答えがでた。
「はい」だ。「はい」がおかしいのだ。彼の「はい」は完全に上から目線だったのだ。「はい、わかりました。あなたが私に挨拶をしてくれたことは解りましたよ。受け取りましたよ」のはいだったのだ。とんでもない。みながあいさつしているのに、あいさつを返すことなく「はい」って。そういわれるとその男性はつねに偉そうだった。
だんだん、腹が立ってきた。なんではいって言われなあかんねん、と。でも、あいさつをしないのは私の理念に反する。あいさつは続ける。でも、はいって言われるのはなんかむかつく。私はずっと考えた。この男性になんとかあいさつをさせる方法はないか。ずっと考えた。
見つかった。2カ月ほどかかってようやく見つかった。おそらくこの方法なら彼もあいさつせざるを得ないだろうという作戦を考えた。その作戦はこうだ。
「ハーイ」
そうなのだ。英語のネィティブがカジュアルにあいさつするあれ、「ハーイ」だ。アメリカを歩いていると気軽にあいさつを交わす、あの「ハ~イ」だ。これをその男性に投げかければ、確実に彼はあいさつで返してくれる。
そしてその日はやってきた。ロッカーに入ると彼はいつものように椅子に腰をおろし、会員さんのあいさつに対して「ハイ」と答えている。今しかない。私はゆっくり彼の前に近づいた。そして彼の目を見て、久しぶりですねという思いを瞳に込め思い切って言ってみた。
「ハ~イ」とすると条件反射のように彼は「はい」と答えた。やった。ついに彼とあいさつを交わすことが出来た。彼は一瞬戸惑った顔で私を見つめた。事態を飲み込めない感じのまま彼は立ち去った。
その後彼とは何度かあいさつを交わした。その後彼とは会わなくなった。そのジムで彼とあいさつを交わしたのはおそらく私だけだろう。