忘れもの

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忘れ物が多い。私の忘れ物グセは友達の間では有名で、いっつも、あれ忘れてないかとか、忘れ物ないかと、声をかけてもらっている。よほど意識していないと忘れ物だらけになるので、普段から注意している。それでなんとか人並みになっているという感じだ。もし普通にやっていたらとんでもないことになっている。

さてこの忘れ物グセ、私だけではないようだ。昔住んでいたマンションの隣人もそうなのだ。

私が以前住んでいたマンション。私の書斎件事務所はマンションの廊下側にある部屋だった。朝から仕事をしていると、廊下を賑やかに走っている学校に向かう子供たちや、颯爽と会社に向かうお父さんが部屋の前を通って行く。そんな中、私の隣人も朝出勤していくのだが、この元隣人が私に負けず劣らずの忘れ物王なのだ。

朝8時過ぎ、隣人はドアを開ける。家に残っている人に行ってきますと声をかけ、ガチャガチャと施錠し、会社に向かう。カツカツとクールなヒールの音をさせながら、私の部屋の前を通って行く。カーテンがしてあるので、シルエットだけが通り過ぎていく。

そのヒールの音。カツカツカツと一定のリズムを保ち、エレベーターホールにだんだんとその音を小さくして、遠ざかって行くのだが、何回かの1回の割で、違うリズムを刻む。

隣人の家の前からスタートしたカツカツカツは、私の部屋の前を通過する。そしてそのまま、カツカツカツが10個位音を刻んだら急に音が止まる。カツカツカツカッ。突然のリズムの停止に、ん?となったと思った瞬間、急にカツカツカツカツとリズムのスピードを上げながら、もと来た道を戻っていく。そのリズムの早さから慌てて走っているのはあきらかだ。

さきほどのクールさとは打って変わって、激しいリズムが私の部屋の前を再び通過していく。そしてカツカツが止まったら今度はガチャガチャに変わる。鍵を取り出し部屋の鍵を大急ぎで回す。

「机に置いてある、白い袋とって〜」

と聞こえてくる。部屋に残っている住人がそれを持ってくるのだろう。ありがとうという声が聞こえたら、再び、先ほどの倍ほどの速さのカツカツ音が一気に私の部屋の前を通過し、駆け抜けていく。

これが3回に1回位の頻度で起こる。そう元隣人も私に負けず劣らずの忘れ物王なのだ。毎朝8時過ぎ、隣から行ってきますの声が聞こえると、一定のクールなリズムを刻むコツコツコツが無事にエレベーターホールに届くようにと祈っている。