釣りが趣味で大好きなんだというクライアントがいるとする。
店に入ると壁一面に魚拓が貼ってある。釣り人はクライアントで魚は全部黒鯛。釣り師のあいだではチヌとよばれ人気の高い魚だ。こればっかり専門にやっている人も多い。
セールスマンはつねにクライアントが喜ぶこと、気分がよくなることを探している。気分が悪いより、気分がいいほうが、当然商談も上手く進みやすい。必然受注できる確率はあがる。だから、つねに、クライアントが喜ぶのはなんだろうかと目を皿のようにしてみている。
当然、99%のセールスが魚拓に気づく。魚拓を貼っているくらいだから、そこを触らない手はない。ほとんどのセールスが
「おお、先生、大っきいですね」
という。小さいより大きいほうがいいので、大きいサイズのチヌの魚拓を貼ってある。腕のたつセールスはさらに踏み込んで
「おお、チヌですね。この右のやつ、結構サイズありますね」
という。おなじほめられるのでも、その魚がチヌであることを知っている人からほめられたほうが嬉しい。ゴルフで100きったとき「おお100きったのね」とゴルファーに言われるほうが、ゴルフをしていないおかんにほめられるよりうれしい。ちなみに私はもう一歩先を行く
「おお、60オーバーですね。ウキですかフカセですか」
とやる。クライアントの表情がかわる。魚拓を貼ってあるのだから、まあ日々ほめられだろうから、ほめられなれている。でも、釣りの方式まで話題にだしてくるやつはいない。ウキ釣りとフカセ釣りというのがあって、それぞれ釣法がちがうのだ。そこに踏み込んだわたし、クライアントが踏み込まないわけがない
「なんや河村くん、チヌやるんか?」
「いやいややるなんてとんでもない。友達に何度か連れて行ってもらいましたが、全然釣れずにやめました」
クライアントはニコニコしている。一緒にいた他社のセールスは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。やられたーと思ってるだろう。チヌってなかなか釣れないのだ。それは、俺も知っている。釣りをやったことがあり、それをむずかしいと思っている人間にほめられたほうが、魚拓の価値はぐっとあがる。
営業マンは遊んでるやつのほうがいいってのは、こういうことを言っているのだとおもう。他のセールスより、ほんのちょっと知識があっただけで、圧倒的な差となってくる。知識偏重がよくないようなことを言う人もいるが、こういう意味においても、そんなことは決してないのだ。上手く使えるのなら知識はあったほうが断然いい。
このように、営業マンは、クライアントと質疑応答をくりかえしながら、クライアントの本質にせまり、気分をよくし、いい流れで商談にはいっていくということをするのだ。なので、質問が大事だぜと、質問力とか、質問のやりかたとかの本もでているくらい大切なのだが、これをやりすぎたり間違えたりする人が多いから注意が必要だ。
まず、絶対やってはいけないのに、多くの人がやっている。なのに、これに関して、明文化している人はほとんどいない理論をひとつお届けする。
クライアントが知らないことを聞いてはいけない。
これって始めて聞いた人多いと思う。あまり、こういうこと言っている人知らないし、先輩にも言われたことがない。だけど、結構みなこれでやっちゃってる。おれもやっちゃってる。
会話の流れで、クライアントに知らんといわせるって、それすなわち恥をかかせることになる。プライドのたかいクライアントなら終わる。その日の商談は、前段階の導入で終わったと思ってまちがいない。
知らんなんて言わせたら絶対だめだ。
例えば先程の釣り。
おお、このクライアントは釣りが好きなのだな、よし、釣りの話を広げよう。そうだ、釣りといえば松方弘樹だ、よ〜っし、
「社長、釣りといえば、今ブームで松方弘樹さんもカジキマグロ釣ってますよね。あのリール大きいですけど、糸って何メートルくらいあるんですかね」
知らんがなって話だ。チヌ専門のクライアントが知っているはずがない。ところがこのぼんくら営業マンは、釣りつながりだと、自分の知識をフルに使って、がんばって話した。これが裏目にでた。
店内に魚拓を貼るほどの釣りずき。自他ともに認めるだ。皆はその質問に、釣り師ならではの答えがでると期待している。空気がそうなっているのをクライアントも感じている。ところが、カジキマグロなんて知らん。糸の長さなんてまったくしらない。同じ釣りやからとまとめやがってという顔をしている。
他のセールス、半分は、ワクワク、半分は、やばいって顔をしている。すると社長
「ごめん、知らん」
あきらかに不機嫌になっている。聞いたセールスも、やっちゃったって顔をしているが遅い。他のセールスは、おいおい、空気壊すなよと思っている。
チヌ釣り専門だから知らんとはいえないのである。プライドがあるから。そこを恥かかせてはだめなのだ。質問について勉強しすぎたのかもしれないね、そのセールスは。
なんでも聞いて、情報を引き出せって習ったのかも知れないね。
でも、絶対にやってはいけないのは、恥をかかせること。マーケティングのコンサルしていますというと、矢継ぎ早に、私の専門以外のマーケティングについて聞いてくる同業者がいる。あきらかに、これは、狙って恥をかかせにきている。
自分が恥をかくのはどうでもいいが、そこに、クライアントがいたら、あれ、この人、知らんのかなあってなると、商売にも影響する。そう、人前で知らんと言わせるのは、それほどの力があるのだ。
セールスが、クライアントに、答えられない質問をして、知らないと言わせるのは、絶対にだめだというのは、言わずもがなである。