マーケティング的JR琵琶湖線山科駅南改札口の恋愛事情

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JR京都駅と滋賀県のJR大津駅のあいだにある駅JR山科駅の南口の改札を出たところで僕は友達を待っていた。

東京に住む仲間たちからは、何それと笑われるicocaをピッと当てて改札を抜けて、そのまま前に20歩ほど進むと、地下鉄東西線に向かう入り口の、なんだか知らないがやたら大きい壁に突きあたる。

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山科駅で待ち合わせする人の多くは、その壁を背に、だから、北を向いて、先ほど、僕が友達に笑われながらも愛してやまずに使っているicocaをピッと当てて抜けてきた改札の方をみながら立っている。

駅から出てくる人を待っているのだ。

僕は改札を出て、3歩ほど歩いて、その巨大な壁に友達がもうきているかなと目線を投げたが、みつからなかった。まだきてなかった。私はさらに16歩ほど、つまり南に向かって、壁に向かって歩き、すでに待ち合わせが終わって、見事に出会えたカップルの右横、つまり西横にはいり、踵を返して、180度まわり、その巨大な壁を背にして、北を向き、今度は改札からでてくるであろう、友達がくるのを待った。

ipodから流れていた、最近ヘビーローテーションでかけているアナログフィッシュのno wayが終わったので、イヤホンを外し、デニムの右ポケットからipodを取り出し電源を切って、イヤホンをまいていたら、東隣にいる、待ち合わせが完結したカップルの彼女がつぶやいた。

「じゃあ、もう帰ればいいじゃん」

関西の都市である京都の山科で、標準語が聞こえてくるのは珍しく、なおかつ僕は、方言萌えの中でも特に標準語がお気に入りなので、やたら耳にはいってきた。お、標準語やん、かわいいねえと思いipodの本体に白いイヤホンを巻きながら視線を声の方向に向けると、彼女は彼氏に向かってそう言ったあと、折りたたみの傘を広げ、東に向かってひとりで歩きだした。

分析屋の僕は格好の観察機会にワクワクが止まらなかった。夏至前で18時半と言えどまだまだ明るい、恋人同士にとって、最高のハッピーな時間帯に、理由はわからないが、彼氏がもう家に帰るのが、いやだった彼女が、すこしすねたように、もういいよって感じで、その言葉を発したのだと、僕は推測した。

彼女は6歩7歩と振り返らず歩いて行く。その様子を、なんとなく落ちつかない様子で、目線を下に、彼女の背中にを繰り返し、見つめている彼氏。そしてついに彼女が、駅ビルの中にはいり、姿がみえなくなった。その様子をみて、彼はしばらくそこに立ち尽くした。

僕は、さあ彼氏どうする、どうするんや。追いかけて行って、やっぱりご飯だけでも食べようと誘うのか。それとも、お前にとったらこんなことは日常茶飯事だから、ほうっておいて帰るのか。どうするどうるすると、僕はipodにイヤホンを巻くのを忘れ、彼の背中を見ていた。

10秒ほどたっただろうか。

彼は、あきらめたとか、決断したかの感じで、歩きだした、改札の方向にだ。

おおお、彼氏、偉い。すねた女なんかめんどくさいから、放っておいて帰るって決めたんだね。俺もそうやってやりたいけど、やっぱりできないから、あんたは偉いと思う。戦国時代の大名のようだ亭主関白ぶりがすばらしいと、俺は賞賛を贈った。

彼はずんずんと、スピードを変えることなく、改札に向かって一直線に歩きつづけた。そして、いよいよ、あと2歩で改札だという時に、ポケットに手をつっこんでicocaだか、なんだかわからないが、nanacoカード以外の電鉄系ICカードを出しついに改札まで0歩となった。

彼は右手をみぞおちの高さまで持ち上げ、ピッとしようとしたまさにその瞬間、なんと立ち止まった。その姿をみた俺も止まった。背筋が伸びた、あっと心のなかで思ったが、声にでていたかも知れない。

おい、なんや彼氏、突っ込めよ、ピッとせえよ、もどるな、帰ってくるな。彼女や奥さんやキャバ嬢や愛人の尻にひかれている男子のために、突っ込むんだ、亭主関白をつらぬくんだあと思ったがだめだった。

彼は踵を返し、こちらに、つまり南に向かって歩いてきた。

ピッとする改札は駅舎の入り口から8歩ほどの距離にある。彼は踵を返してから、7歩進んだところでスピードを落とした。駅舎の入り口をでるあたりで、顔だけ前にだし、彼にとって左、つまり東。俺にとって右、つまり東をのぞきこんだ。そう、彼女がもしかしたら戻ってきてないか見るためにだ。

おお、なんだ、この感じは、随分なれているなあ。そうか、彼女も駅ビルの中に行ったが、戻ってくるパターンもあるのか。おお、もしかしたら、彼女もどってくるのかもと、目を凝らして、彼が見ている方角、つまり東を見た。

ところが、残念ながら、彼女は戻ってきていなかった。彼氏も、ああ、今日はもどってこないパターンかと言った感じで、倒していた上体を起こし、直立した。ああ、これで、彼氏帰れるな。でも、どうせ帰るなら、スパッと亭主関白的に一発で帰って欲しかったなと、彼が再び踵を返すのを見届けようとしていたら、彼氏は突如予想もしない行動にでた。

倒していた上体を起こした。ここまでは書いたな。なんとその後、彼は、足首と膝と上体を曲げ、ちいさくかがみこんだ。そして猿飛佐助が、殿に、承知しましたと言い残してダッシュをかけるように、忍びのように、彼は僕がいる方向に向かって走ってきた。そして、僕まであと4歩というところで、80度右、僕から見て左、つまり西に向きを変え、私が背にしているその壁をもつ建物の陰に隠れたのだ。

この建物は幅20メートル奥行き10メートル高さ10メートルくらいの直方体。北の壁があれば、西の壁もとうぜんある。彼はその角から西の壁の裏に回りこんだ。

一瞬何が起こったかわからなかった。

彼女はいなかった。確かにいなかった。俺も確認したのだ。彼が送った目線の先に彼女はいなかった。それは彼氏も確認していたはずだった。

いや、待てよ、もしかしたら、俺には見えてなかったが彼には見えてたのかも。西の壁に隠れた彼が消えたのを確認して、俺は、もういちど、彼女が消えた場所である駅ビルの入り口、スターバックスの方向に目を向けた。

いた。

なんと、彼女がふーっと歩いてきた。そうか、彼には見えていたのか。彼女は、傘をさしたまま、俺の方を見た。もちろん俺をみたわけではない、自分たちがつい1分ほど前までいた場所をみたのだ。
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いつものパターンなんだなと思った。彼女はすねたあと戻ってくるのだ現場に。放火魔が現場にもどってくるのと同じように。

元の位置に彼氏の姿をみつけられなかった彼女は不安そうに、今度は駅の改札の方向を見た。当然いない、彼はこの壁の向うにいるのだからね。続いて彼女は西の奥にあるセブン-イレブンをみた。いなかった。

そわそわしながら、ふりかえり、ロッテリアのほうを見た。でもやはりいなかった。

ああ、今回は強くいいすぎたかしら、って感じで肩を落とし、あきらめたように彼女は南に向いて歩きだした。

そうなのかこのパターンは彼は知っているのだな。だから、遠くに彼女を発見したあと、さっとビルの陰に隠れたんだな。こうなったら、どうなるんだ。急速に頭を回して分析を始めたがデーターが足りない。

昔上司に言われたことがある「河村さん、答えがわからないときはデーターが足りないときだよ」と。それが妙に残っていて、わからないときはデーターをとることにしていた。

建てものの陰に隠れている彼を、見ず知らずの俺が見に行ってもいいのか、俺はいったい何をしているのだという恥ずかしさをデーター収集のためと都合よくおきかえ自分を納得させて、8歩ほど、西に進んで、建てものの向こう側を覗き込んだ。

いない。

さすが忍びのような身のこなしをする男だけのことはある。もう姿が見えない。

いったい、彼はどこにいったのか。急に俺は焦りだした。どうしよう、このままでは、結局何もわからないまま終わることになる。焦ったおれは、すぐさま振り返り、北の壁のまえを小走りで走りぬけ、彼女が歩いって行った南側を見渡せる広い場所まででた。

か、彼女はどこだ。彼女を見失ったら、チェックアウトだぞ、いやチェックメイトか、と思いながら、南に視線を投げた。

ほっ、

よかった。夕方のラッシュ時というのもあり京阪線の踏切が閉まっていた。何人かの通勤客にまじり、彼女は立っていた。

どうする、これ以上はだめだぞ。まさかついていくわけにいかない。彼氏は、彼氏はどこだ。

そう思った瞬間、彼女の動きがかわった。

たいくつそうに、つまらなさそうに、体を左右にゆっくりとゆらしながら踏切があがるのを見ていた彼女は、頭をあげ、顔をあげ、西側をみた。

お、なんだ、と思った瞬間、視界に、忍びの彼が入ってきた。駆け寄ってきて、彼女の肩を両手でもった。ほら、俺はここにいるよって感じで彼女をみた。

彼女は上目遣いに彼をみた、そして、もおーって感じではにかんだ。

な、俺がお前を置いていくわけないじゃんって感じでわらっている。向かい合っていた二人はこちらに振り返った。あ、みられたと一瞬たじろぐも、みているはずがないと冷静になり、見続けた。

すると彼女は彼の右手と体のあいだに左手をいれて、腕を組んで歩きだした。彼女はもっていた折りたたみ傘を彼氏に渡した。彼は、左手で傘をもち、濡れないように、彼女の頭の上にかざし、こちらに歩いてきた。最高に楽しそうなふたりがそこにはいた。

事の顛末までしっかり見届けた私は、はあとため息をしっかりつき、肩を落としながら、今きた道を引き返し、友達を待つべく、壁の前に引き返した。

諸君。

これで最後の亭主関白な男が消えた。もう、この日本で、関白な亭主をみることはないのではという恐怖とジレンマが俺の脳を駆け巡った。なんなのだいったい。