話しを釣る人

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釣りかよ。と思うことがある。そんな時は、釣るなよ。と思ってしまう。

このタイプは面倒くさい。自分の快楽を追求するために呼ばんといてくれる、と思ってしまう。話し始めた瞬間には判断がつきにくい、聞き上手だと思ってしまう。有能なファシリテーターっぽくみえる。実際は全然違う。釣り師である。

「みさおさん。ちょっと小耳はさんだんですけど、英語ペラペラなんですってね」と釣り師は切りだす。「そうなんです。どのレベルがペラペラかわかりませんが、海外で普通に生活するにはまったく問題ありません」とわたし。「へー、凄いですね。TOEICとかお持ちですか」「はい。670点です」しまった。釣られた。とこれくらい話せば何となくわかってくる。質問しておきながら、私の回答に興味を持っていない感じが出ている。面倒くさい。

釣られてしまったから仕方がない。釣り師に敬意を表してのるしかない。「英語はなされるんですか」「えー少し」「TOEICは?」「900点です」「900点凄いですね」「いやいや、たいしたことないです」典型的な釣り師だ。鼻の穴が広がっている。この人と過ごす時間はあと50分ある。おそらく45分は彼の話題になるだろう。5分は私の時間だが、おそらく彼の質問に答える時間。俺の時間と言えるのか。予想通りこの日は彼に釣られまくった。質問は全部そのあとに彼が話したいことのまき餌だった。

釣り師も釣り師だが、わたしもわたしだ。なんてやらしい。普通に話しを聞いて答えていればいい。おそらく嫌な思いをすることもないのに。これはおそらく職業病だ。20年間営業をすることで染み付いたものだ。

わたしの商談スタイルはカウンター。しっかり守って、一瞬のスキをつく。ボールを奪ったら相手ゴールまで一直線というかんじ。商談中は世間話も含めて防戦一方。できるだけ多く話しを聞く。お得意先の社長にいかに話しをしてもらうかが勝負だ。しっかり話してもらう中で相手の要望を引き出し、そこに対してアプローチするスタイル。どれだけ引き出せるかが勝負。

相手に話してもらう最良の策は相手の好きな事を見抜くこと。人は自分の好きな事や得意なことに関しては饒舌になる。それをいかに感じ話してもらうかが勝負。店舗に入った瞬間から情報をとりまくる。それをきっかけに聞いてみる。

解りやすい例をひとつ。店に入る。なにかないか探す。魚拓が飾ってある。解りやすい。ありがとう社長となる。単純に「おおっきいですね。どこで釣ったんですか?」とか「凄いですね。こんなのあがるんですか」とかでももちろんいい。そこから話しを広げる。新人河村操ならそうするだろう。でもベテラン河村操はそうはしない。

店舗の真ん中に貼ってある魚拓。それに反応しない、営業マンはおそらくいない。何十人という営業マン、それにお客さんからも同じセリフを言われているだろう。もちろんうれしいので、そんなアプローチでも問題ない。でもベテランはそうは聞かない。その他大勢に埋もれないようにこう切り出す。

「浮きですか?落とし込みですか?」

社長の目の色が変わる。おそらくこういう聞き方をする人はそんなに多くない。飾られている魚拓は黒鯛。黒鯛をつる代表的な方法が先のふたつ。おどろいた社長はこちらを振り返り「つりすんの」となる。まったく釣りをしないかたから褒められるのももちろんうれしいけど、ちょっと知ってる人に褒められるほうが嬉しい。英語すごいですねと褒められるのも英語の先生とかにほめられると、ちょっと嬉しい。わたしの多趣味がこんなところで生きている。何でもこいに名人なしといじめられたが、ジェネラリストもいいもんだ。

おそらく何十人と言う営業マンがそこにくる。そのなかでぬけないと競争にはかてない。一歩リードである。

とはいえ、こんなにわかりやすいアイテムがあるのはまれ。それ以外は話していくなかで引きだすしかない。話をしながら最大限神経を研ぎすまし、相手の話に注意を向ける。なにかないか、この人は何が好きなんだろう。ずーっとそうやって先方と話してきた。1日平均で5〜6人は話す。従業員の方をいれればもっと増える。そのすべてで相手の好きな事興味のある事を探っている。

それがでてしまう。釣り師の手法が見えてしまうのである。それを見てしまった以上、もうだめだ。それを知りながら相手と話す。やらしいベテラン営業マンが登場する。おれってそうとう嫌なやつだなあと思いながら「ほんまですか。すごいですね」とやってしまう。

私は釣り師ではない。お得意さんも釣っていない。真摯に相手が話したい事を探っている。ひとは自分の好きなことを話したい。いつもそれが何かを探っているので、釣り師の心の中が見えてしまうのだ。なんかやらしい。

でも、これを相手の気持ちを読む方向に使えばなんてことはない。相手が話したい事を話してもらえばいいのだ。相手の話したい事を察知し、話してもらえばコミュニケーションは円滑になる。時間は平等にあたえられている。自分ばかりはなしては駄目なのである。

人なんか釣らずに、黒鯛をつればいい。ちなみに黒鯛のことをつり人は「チヌ」と呼ぶ。

「社長、今日もチヌですか?」わかってるねえと社長の目が光る。