プルスタイル

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前回と前々回、2回にわたりお届けして来た営業スタイル。がんがん売り込むのではなく店頭をつくる事により消化をあげ、在庫がなくなることで注文をもらう、プルスタイル。ガンガン押しまくる営業スタイルをプッシュ型営業ということから、対局にあるこのスタイルをプル型、プルスタイルと言う事が多いです。

ブログではどちらかのスタイルしかないような感じで書いてきましたが、実際は両方の間をとるスタイルを持つ方が多いです。押すときは押すという形を取る人もプル型の中にもいます。まあ、そんなに簡単に割り切れる物ではないということです。

さて、プッシュ型から見事にプル型への転向が成功した、中堅営業マン河村操。その後いったいどうなったのでしょう。前回のブログは成功を重ねた彼に事件が起こったとかいていましたが、いったいなにがあったのでしょうか。

「河村君ちょっと。」月末の重苦しい雰囲気を切り裂くように課長の田代(仮名)が声を発した。「ちょと402に入ってくれるか」嫌な予感がした。田代課長がこの部屋に誰かを呼んで個別に話をするときは何かあるのだ。いい話か悪い話。いい話はほとんどない。まして月末絶対にいい事なんてない。

「失礼します。」パソコンからLANケーブルと電源をはずすのに時間がかかった河村操中堅営業マンは少し遅れて402号室に入った。「そこにかけて」と田代課長。アウトだ絶対に悪い話だと確信した。田代との付き合いも長い河村は一瞬で判断した。さすがに神経がそとまで伸びている中堅営業マンだ。予感は見事に的中した。

「例の、C社で提案してたD製品の500万。どうなってる」「はい、あれはですね、ちょっとまってください。」手帳を取り出しスケジュールを確認する。「すみません、えっとですね、来月の10日に商談があります。そのときにおそらく500万取れると思います。容量毎の数を出して来てくれと言われているので、90%大丈夫です」ほんとうに大丈夫だった、この流れで断られた事はない。今後のアプローチにミスさえなければ問題はない。

「そうか、解った。来月だな。」田代課長の顔が冴えない。何かある、一瞬嫌な予感がした、でもそれはない、この予感は絶対にあってはならない。もしそうなったら、せっかくチームで半年間かけてやってきた事が無駄になる。絶対にあってはならないのだ。河村操は全力で否定した。頭からその考えを追い出そうとした。

その考えとはいったいなんだろうか。実はこのチーム田代を中心に1年前に始まったのだが、そのときにチームで決めた事がある。それは長期的にみて売り上げを上げようということだった。そのためにはプル型に移行して行く、プッシュプッシュで入れるだけではどかで必ず詰まる。消化しないと注文はないのだ。

いきなりの転換はむずかしい。並行してやって行く。いきなりプッシュをやめれば売り上げがあがらない。あたりまえである。入れなくても半年くらい営業を出来るくらいの在庫はお得意先にはあるからだ。徐々にやって行こう。はじめは従来法のままプル型つまり店頭での展開をやっていく。それでプル型が軌道に乗って行く中でプッシュを徐々に減らして行く。

はじめて河村操が田代からこの話を聞いたとき、感動してちょっと泣いた。こんな考えを持っている人がいるんだと。感動したのを覚えている。よし、やろうと仕事が楽しくなったのもこの時期だった。おそらく7、8年。

そんなかたちで取り組み始めた半年が過ぎようやく形が出来て来た。長期の目線で見ろ、目の前の売り上げに飛びつくなといつも言って来たのは田代だ。絶対に嫌な予感があたってはいけないのだ。

この河村操の嫌な予感。いままでも、これでやられてきた、もっとも嫌な方法。それは売り上げの先食いだ。来月とれると解っているのを今月買ってもらうんだ。相手のメリットは何もない。メリットはこっちにだけある。いや長期的な視野にたつとメリットはない。完全に売り上げだ。

今月の売り上げをあげるためだけに来月の売り上げを前に持ってくるのだ。これがプル型営業を続ける上での最大のネックだ。会社の売り上げの締めを毎月にしている会社は多い。なんとしてでも今月の売り上げを達成しなければならないときがある。大手量販店や自動車のディーラー、決算大謝恩祭なんかはまさにそう。決算時に売り上げが欲しいのだ。企業としてあたりまえだし否定はしない。

ただ、ここまでせっかくいい流れで来ていたのにここで前倒しをしてしまうと、今までの苦労が水の泡になる。いままでも何度もそれで失敗した。いちど崩れた流れはとまらないのだ。それは田代もよくわかっている。

だから、絶対に河村操の悪い予感は今回に限りあたって欲しくなかった。

「解った。河村。戻って仕事を続けてくれ。そしてその案件は来月10日確実に決めてくれ。頼んだぞ。」と田代課長は迷いを振り切るような顔で言った。「はい、わかりました」となにかもやもやした感じを残したまま席を立った。

追伸:この物語はフィクションです。登場人物得意先は実在する物ではございません。河村操は実在します。やって来た事考えはほぼ事実です。ただ、それを行った時期や方法、相手などは架空です。色々な事例を組み合わす事で解りやすいように表現しております。

ですので、怒る部長や田代課長、私の事をあいしてくださるクライアントは存在しません。会わせる事は出来ませんのでご了承お願いします。巧みに組み合わせ一切特定できないようにしておりますので、安心して物語をお楽しみください。

さて、これから中堅営業マン河村操はどうなっていくのでしょうか。