なぜ受注できたかなんてわかんない

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新人営業マン河村操は有頂天になっていた。あいかわらずのお調子者だ。入社して3カ月目。単独で得意先を訪問して1カ月がたとうとしていた。詳細はさきに譲るが、まあまあの成績をあげていた。新人の中でもなかなかのものだった。

こんなものか。営業なんて。完全になめていた。半年はやく入った先輩はあまり成績が良くなかった。その先輩を見て抜くのも時間の問題だと思っていた。いやらしさ満開である。話すのには自信があった。学生時代はサークルの部長もつとめた。大所帯だった。その前でサークルの方針などを語る。まったく緊張しないどころか、好きだった。

そして会社に入る。そんな自信、当初はなかった。私がいくら話しが上手いと言っても、相手はプロ。営業のプロだ。しゃべりで飯をくっているつわものだ。緊張していた。学生の素人のしゃべりがどれだけ通じるのか、不安の中入社した。

「たいしたことないなあ。」と思ったのだ。なんて生意気な男だ新人営業マン河村操。前述の先輩がわたしの指導係。私と正反対なタイプ。ひと前で話しができない。商談でお得意さんとも上手く話せない。ただ、すごくまじめ。仕事は一生懸命する。のちのち、彼はすごい営業マンと言うことを知るのだが、そのときは完全になめ切っていた。なんや、しゃべられへんのに営業ってどうなん。と思っていた。このときの河村操は営業イコール話術と思っていた。いかにうまく話し相手を言いくるめるか。その技術が高い人が優秀な営業マンだと思い込んでいた。(のちにそれだけではないとわかる)

その基準で判断すると先輩は駄目だ、となる。

その当時の私は、そんなかん違いの間違ったへんな自信もありどんどん、注文をとって行った。はじめて1人で回った日も、普通ではないくらい売ってきた。先輩から褒められた。「初日からそんな売ってくる奴みたことがない。お前スゲーよ」おだてられた豚は天にまで登って行った。

そんな中1件商品を買いまくってくれる店舗があった。そこの社長はとてもあたたかいおひとがらで話しを良く聞いてくれた。とても聞き上手だった。緊張もせずに話せるのでとてもスムースに商談出来た。きっちり論理だててはなした。納得して買ってくれた。新製品の提案、プロモーションものってくれることが多かった。

俺ってすげー、いつも叫んでた。論理だてて提案するその姿はまさに芸術品と自画自賛していた。若いって本当に恐ろしい。その後も順調に成績を残し、5か月ほど経過した。前述の仲が良かった店にまた提案に行った。あたりまえのように決まっているので、この日も間違いないだろうと提案に行った。

すると店主。なぜか浮かない顔をしている。「ごめん。河村君。もう買えない」なんでと思った。完全にアンパイと思っていた店ではじめて断られた。話法も提案も悪くない完璧だった。茫然としている私を見て店主はさらに続けた。「河村君。ちょっとこっちきてくれる。」といって店主は店の勝手口から出て行った。わたしはついていった。

こっちこっちと、呼ぶ。その方向にドアがあった。「河村君こっち。倉庫。入ってくれる」その店の倉庫に入るのははじめてだった。他の得意先さんでは倉庫に入ることも結構おおかった。でもこの店舗でははじめてだった。嫌な予感がした。あたった。

倉庫に入ると弊社の段ボールがところ狭しと積んである。倉庫の3分の1以上を締めている。「社長これって」と言ったところで店主がうなづいた。まったく売れてなかったのである。4カ月前からの注文が届いたままの状態で置いてある。封も切られていない。愕然とした。なんで買ったんだ。売れていないのになんで購入を続けたんだ。店主のほうを見た。

店主はうつむいている。「社長。なんで、全然売れてないのに買ったんですか」店主はうつむいたままだ。俺の顔を見れない。「社長」

社長はゆっくり顔をあげた。申し訳なさそうな顔で俺の方をみている。そして、ついに口を割った。「一生懸命だったから、かわいそうだったから」ショックだった。俺の天才的な話術と完璧にねられた提案書が良かったからではないのだ。あたりまえだ。そんなに簡単にいくわけがない。売れてなく在庫がうなるほどあるのに商談も何もない。いらんものはいらんのだ。さらに社長は続けた。

「弟に似ていたから、断れなかった」ドラマちゃうで。ほんまにあった話しなんですよ。驚きました。現実はドラマより奇なりです。店主の母親がでてきた。「さあさあ、二人とも中に入って、寒いからコーヒーでも飲みましょう」とてもやさしいお母さんである。私と店主が商談をしているのを暖かい目でずっと見守ってくれていた。その時と同じ目で私たち二人を中に導いた。

「ごめんねえ、河村君」営業マンが得意先から名前で呼ばれると親密度がアップしたとおもっていい。普通はメーカー名で○○さん、と呼ばれる。お母さんがきりだした。「私がみかねてお姉ちゃんに言ったのよ。」お母さんは店主の事をこう呼ぶ。「いい加減にしなさい。はっきりいらないものはいらないと言わないと河村君にわるいわよ。って何度も言ってたの。でもね、かわいそうだから、一生懸命だからと断れなかったのね、この子。実はねうちの息子、5年前に亡くなったの。それがね、あなたに似ていたのよ。」ショックだった。ドラマみたいだ。そんなことが現実にあるんだ。受け入れられなかった。

ちょっとまってくれ、今まで買ってくれてたのは、俺のスーパー論理的な提案書とそれに伴うスティーブジョブズばりのプレゼンが良かったからではないんだ。ショックだった。同時に滅茶苦茶はずかしかった。考えたらそんなに上手くいくはずがないんだ。何も見えていなかった。店に何度も出入りしている。客数と購入単価から考えると店の日商が予測できる。あきらかに供給のほうがおおい。でも新人の河村操にはそれがわからない。

社長はうつむいたままだ。その場からすぐに立ち去りたかった。入れてもらったコーヒーを一気に飲み去った。落ち込んで帰ったら社長がショックを受ける。できるだけ何事もなかったように、いや、それは無理。凄いことが起こってるんだから。できるだけショックを受けていないを装い帰る。

「そうだったんですか。似ていますか、そんなに。」お母さんはうなずく。社長はさらにうなだれる。「倉庫の在庫ちょっとなんか考えます。また出直してきます」精一杯だった。それが発することが出来る限界の言葉だった。「社長、ありがとうございました。」社長はうつむいたまま、うなづく。

落ち込んだ。いったいなんやねん。営業ってなんやねん。と思った。何がどう悪い何がいけなかったのかもわからないまま車を走らせていた。次にあの店行くときいったいどんな顔していったらええねん。