セールストーク

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セールトーク。

必要か否か。いらないような気がする。ここで言うセールストークはその商品を売るため、相手に買ってもらうための上手な言い回しとしておく。そういう意味でいるのかいらないのか。いらないと私は思う。

4年目を迎えた中堅営業マン河村操にいつものように地獄の月末が迫っていた。毎月末に締め日がある彼にとって、もっとも嫌な日々がこれから数日続く。「あと、いくら残ってんの?」「230万です」「あと、何日あるの?」「4日です。」お前、全部把握してるんやろいちいち聞くなやと河村操は上司に対して思っていた。「出来んの?」出来るかどうかはわからんでも出来ないとは絶対に言えない。言わない。「大丈夫です。もういいですか、商談があるので」これ以上話してもイライラするだけ。商談に良い影響があるわけがない。そうそうに切り上げ店に向かった。

移動の車の中で戦略をねる。絶対に次の店で落とせない。ここでおとしたら今月のノルマは達成できない。何度もシュミレーションする。ここで、彼が戦略を立てる方法を簡単に紹介する。残金がく230万円をどの店でいくらとるかを決める。

まず1店舗でとれないかと考える。230万円は無理。そしたら2店舗115万円。これもでかすぎる。4で割る。60万円弱。よしこれなら行けそう。どの店でとる。今月納品出来そうな店を探す。見つかった。1店舗だけあった。このみせならなんとか60万円の提案が出来る。60万円とれれば残り170万円。これを10店でとる。1店舗17万円。よし、この店がキーだ。なんとか、まずはとろう。

そういう感じでシュミレーションする。なので、この店舗は極めて重要。はずせば計画が大幅に違ってくる。残り170万円と230万円では気持ちが全然違ってくる。絶対にはずせない。店へ着くまでの30分でシュミレーションを繰り返す。まずはこう切り出す。その時の先方が答えるだろう返事をすべてのパターンで考えておく。こう言われたらこう。ああ言われたらああ。そういわれたらそうと。

この一連のシュミレーションおよび、ロールプレイング(実際のやりとりを役割を決めて演じて見る。この時はひとり二役)はベテランになっても続けていた。ああいわれたらこういうは今でもおなじだ。ただ、大きく違う点がある。それは何か。そう、セールストークだ。河村操は、この日から数カ月後のある日をさかいにセールストークを使うのを辞めた。ここでいうセールストークは入れるために使う詭弁にちかいテクニック。あの事件が起きてから。

「まいど~○○の河村です」「おーいらっしゃい。なんもいらんで」月末に悲壮感漂う顔で訪問する。このときの河村操は店を訪問するたび売りこんでいた。こういう風に受け答えする先方も増えてきた。「いやいや大丈夫です。絶対にお得ですから」いきなり怪しい。へんなテレビショッピングみたいになっている。いれることしか考えてない。悪く言えば自分のことしか考えていない。自分のノルマを達成するためにクライアントに物を買ってもらう。その商品が売れようが売れまいが中堅になりかけの河村操には関係ない。この感覚がのちに大変な事件を巻き起こす。

「なんや。まあええわ。とりあえず話だけ聞こか」河村操がこの店を選んだ理由のひとつだ。この店ではまずステージに立てる。かならず商談と言うステージにたてるのだ。このステージにたつまでに駆逐されるケースもままある。商談のテーブルにつくまでに、駆け引きをしなくてはならないクライアントも多い。考えてみれば当たり前だ。店に物はありあまっている。もう誰からも何も買いたくないのだ。商品は売るほどあるのだ。

ステージにつくまでに駆け引きが必要ない。エネルギーを消耗しないので、商談に全力をそそげる。早速用意した企画を提案した。商談の詳細は明かせないが、簡単に言うと、これだけのものを買っていただいたらこれだけの景品をつけますよ。という類のものだ。この業界では良くある。商品を買ってもらう。いくら以上買ってもらったら景品をつける。それを助成品として商品の販促につかってもらうのだ。

その日はそのパターンの商談だった。しかも、最大級の規模の提案。提案する商品数も量も半端ではない。そんなには絶対に必要ない。しかも、商品は倉庫に腐るほどある。その店に売り込むには景品の魅力を伝えるしかないのだ。商品の良さをいくらアピールしても、その商品はありあまっている。買うわけない。それなら、景品だ。へんな言い方をすれば景品で釣るのだ。

今買っていただいたらこれもあれもついていますよ。別に悪くはない。ペプシコーラにワンピースのフィギュアをつければペプシが飛ぶように売れる。あれと同じだ。

こんかい河村操は商品の勉強ではなく、景品についてめちゃ勉強した。この景品がお店の売り上げをあげるのにどれだけ貢献するかを必死でといた。結果が出た。「わかった。もらおう。その景品はよさそうや。どの商品をどんだけ買ったらええんや。」良かった。景品の魅力を解ってもらった。これで大丈夫だ。とはならない。

実は景品の良さを解ってもらうのはそんなに難しくない。ハードルは意外に低い。実はその次が難しい。それをもらうために商品を買わないといけない。今回がさらにハードなのはその金額。相当魅力的な景品なだけに商品を購入する量も半端ねえ。それを今から提案するのだ。ここにテクニックを使う。

できるだけ多く見せないようなテクニックが必要なのだ。これは店のタイプによって変更する。例えばその店舗がとても得意な商品を持っているとする。それなら単品でその商品を提示する。「社長。○○は月500個売ってもらってますよね。その3カ月分です。それをまとめてとってもらえれば、今回はこちらの景品がつきます。」とやる。すると、「3カ月分か、まあ○○やったらうれるからなあ。わかった送っといて」となる。実際にはこんなに単純ではないがパターンA。

とくにうちの商品を積極的に売ってない店ではどうするか。幅広く商品を紹介する。アイテム数を増やしてひとつ、ひとつのボリュームを下げる。「社長。これらが御社のお取り扱い商品全てです。例えばこれらを2ケースづつ入れていただければ、この景品がつきます」とやる。すると「2ケースだけか、それやったらそんなたいした数じゃないなあ。送っといて」となる。実際にはこんなに単純ではないがパターンB。

完全に入れるだけのテクニックである。その後商品がどのように消費者にわたるかの提案はいっさいなし。こんなのはすぐに詰まってしまう。でも、このまもなく中堅営業マン河村操は知らなかった。最近さえてきたセールストーク。これにさらに磨きをかけることが、この業界で勝ちあがっていくほうほうだと信じていた。

事件は起きた。このクライアントさんにはAパターンでとってもらった。実は今回の商談、もうひとつ必ず話さないといけない契約事項があった。それはいつもは必要ないものだった。それはなにか。キャッシュである。

実はこの景品とても良い景品なので結構値がはる。これを全部商品で買ってもらうとなると、とんもない商品を買ってもらわないといけない。なので、景品の一部を現金で払ってもらうのだ。

ややこしいか。すこし説明を加える。

この景品は間違いなくこのお店にとって貢献する素晴らしいもの。でも、わたしはこの景品を売るセールスマンではない。あくまでも、当社の(今は会社をやめたので当社ではない。やめてしまってるので弊社とも書かない。かといって、御社と書くとややこしくてしかたがない。だから、当社と書くのをお許し願いたい)商品を売るために、この景品を使ってるのだ。

ほんとうなら、全部商品で買ってもらったらいいのだが、そうなると商品量が莫大になり、はなから話しにならず、「こんなん無理無理となる」なので微妙な塩梅で提案する。

「社長。実はね、全部商品だとこの数になるんですよ。これは多いでしょ。」「そんなもん無理や」「そうですよね。だから実は少し現金で負担してもらう形にしたんですよ。」「なんやそれ」「本来なら、いままでなら商品買ってもらったらこの景品がついてたじゃないですか。でも、それだとかずが多くなるので、その一部を現金でという形にさせてもらったんですよ。なので、ほら、商品の数はこれだけですむんです。」「まあ、ようわからんけど、まあええわ。そんだけの数やったら」

ここには書ききれていないが、わたしはクライアントさんの目線や注意力をなるべくそのキャッシュを払うというほうから遠ざけた。契約なので必ず話さないといけないし、契約書にも書かないといけない。なので、話したし、契約書にも書いた。なので、法的にはまったく問題ない。

ただ、誠実ではない。正直ではない。通販のダイエットマシーンと同じである。「横になって、これをお腹にまくだけ、振動がおなかにつたわり、今日からあなたもくびれ美人」良く見るとテレビ画面の右下に、見えるか見えないかの小さな字で、「効果には個人差があります。食事療法などもしているばあいもあります」見たいな注釈があります。

一応明記していますよ。というかんじ。私のセールスはそれと同じです。都合が悪いところにはまったく触れていない。なんとか商品を買ってもらいたい。そのためなら悪魔にだって魂を売る。いれることが絶対だ。

うまく行くわけがない。続くわけがないのだ。飛び込みで契約がとれたらそれで終わりと言うのではないのだ。そのクライアントさんとは永遠に取引がつづくのに、そんな当たり前の事が中堅になりかけ河村操には解らなかったのだ。

案の定問題は起きた。「すぐに店に来い」社長からだ。怒っている。なにか全然わからない。「まいどです。お電話すみませんでした。」奥さんが何とも言えない顔で立っている。事務所のドアの前にたち私を呼んでいる。

行くと社長が怒っている。「こんにちわ。」「なんやこれ。」「はい。」「なんやこれって聞いてるんや。なんでこんな請求あがっとんねん。景品代ってどういうことや。商品とったらサービスでつくってゆーとったやんけ。」「いえ、ちゃんと説明しました。半分は実費負担になるって説明しました。」「そんな話知らん。聞いてない。そんなんやったら商品とる意味ないやんけ。景品こうたらええやないか、おかしいやろ」「いえいえ違います。全部やないんです」「知るかぼけ、提案書だせ提案書。」提案書に書いてあるかどうかを確認しようと社長は思ったのだ。

確認した。書いてある箇所を示した。きっちり明示してあった。だが、その文字は小さすぎるくらい小さいし、みつけられないほど、わかりづらい場所にあった。

社長はそれをみつけ、うってかわってトーンを下げた。「わかった、もうええわ。帰ってくれ」強烈にあせった。「すみません。私がしっかり説明しなかったのが悪かったんです。契約破棄します。商品も返品しますので」最低である。河村操はこの後に及んでまだ自分を正当化している。「ええ、ええ、ここにきっちり書いてある。確認しなかった俺が悪い。お前を信じてた俺が悪いんや。帰ってくれ」

とりつくしまがなかった。怒られた方が怒鳴られまくったほうがまだましだった。しかたなく帰る。優しい奥さんもさすがに目を合わせてくれない。肩を落として事務所のドアに、向かってあるいていく。ドアをでようとした瞬間、社長から声がかかった。

「○○さん」私は振りかえった。もう会社名でしか呼んでもらえない。「お前は、詐欺師か」強烈なひとことが耳から入ってきた。みたこともない表情をしている。河村操は「すみません」と一言しか発することが出来ず。店を後にした。

茫然自失だった。何も考えられない。

なんか書いているうちに思いだして、辛くなってきたので続きは後日書きます。中堅営業マンなりかけ河村操はこの日をさかいに、セールストークを封印した。