はじめての注文

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新人営業マンがはじめてクライアントさんを訪問した日、当然1人では無理なので上司である先輩と同行した。

クライアントさんが商品名を言う。上司である先輩が私のほうを見て復唱する。それを新人営業マンが手に持っている発注伝票もしくは手帳に書き取る。「ソピトール6個と、メンサピンサップ12個とコリントリン5ケース」終わって店をでる。

新人は上司に「すみません。注文なんでしたっけ。書き取れなくて。」上司の爆弾がいきなり落ちる。「ばかも〜ん。ちゃんと書けって言っただろう。俺らにとって注文って言ったら命だよそれがなきゃ、おまんま食えないんだよ。ちゃんと聞いとけよ」

「すみません。どうしても覚えきれなくて」と謝った。すると上司は先ほどの注文をそらで繰りかえしてもう一度言ってくれた。凄いなあプロの営業マンだなあと感心した。

そのあと上司と別れてからなぜそうなったかを考えた。そしたらだんだんわかって来た。ちょっとまてよ、当たり前やんけと。上司はもう何十年も何千回もその言葉を聞いているのだ。私には不規則に並んだカタカナの羅列によるその単語、何の意味も持たない。覚えるのには相当努力がいる。何度も繰り返せば問題ないが1回や2回では無理だ。

あれほど怒られるのも、上司が凄いと思ったのも違うと思った。でもそう思ったのは随分あとだった。

それから随分たったある日リベンジする機会が訪れた。居酒屋でその上司を含めたチーム10名で懇親会があった。趣味のはなしになった。わたしの趣味がサーフィンだと言った。するとその上司がサーフィンなんて若い頃にするもんだ、いいとしこいてやるものではないと言い出した。おれは昔やってたけどもうやめたと言った。

おそらくやってないと判断したおれはリベンジのチャンスだと瞬間思った。酔っぱらっていたから行ってしまった。「そうなんですか。すごいですね。そういえばこの前カレン凄かったですよ。テイクオフ後即、テール踏んで、アップスで波の上を思い切り走って、波が開いたところでレイバック気味にカットバックにエントリーしたんですよ。そのままスラッシュ気味に戻るかと思ったらそこからラウンドハウスでリエントリーですよ。さらにスープに当てるときは完全にバーティカルでしたからねえ。10点ですよ。凄かったです。」

凄い勢いで話したのでどうもこの話は凄そうなのは皆に伝わった。カタカナの羅列なので他の人にはチンプンカンプン。みなは元サーファーであるその上司をいっせいに見た。上司は解っていると思っているからだ。すると上司は

「それは凄いなあ。かじった程度やからカレンがトムカレンという事ぐらいしか解らんけど、10点は満点やろ、それも解る。でも技の名前は解らんわ。凄いなあ」と言った。

皆も上司もサーフィンやってたんだなあ、そして新人は凄いサーフィン好きだったんだなあという感じで終わった。私も大満足だった。リベンジはコンプリートした。カタカナの羅列攻撃だ。上司もサーフィンの技のカタカナには面識がないし使わない。絶対に記憶できない。どっかで聞いた事ある言葉もあろうけど、ほとんど意味のないカタカナの羅列なのだ。

私は満足げに心の中で「ね、覚えられないでしょ。今やったら商品名全部書き取れますよ5品目くらいなら書かなくても覚えられます。はじめてやったら無理なんですよ。そんな怒る事なかったでしょ」と思いながら残ったビールを飲み干した。微笑みが残っている私は上司と目があった。上司も微笑み返した。

意味のない、自分にとって意味のない言葉というのは本当に覚えにくい。商品名のほとんどがカタカナの羅列で成分名も含まれている事の多い商品名は本当に覚えられない。徐々に覚えていけばいいのだが、そこに配慮が必要である。

ベテランにとって当たり前のその言葉新人にとってはまったく理解不能なのである。私も注意している。その時の思いを忘れず丁寧に言葉を覚えてもらっている。商品名を含める業界用語。それは、時に非常に便利。いちいち説明しなくても一瞬で理解できる。

例えばMBAの資格を持った人に聞くと、それを持っている人同士が話すとかなり時間短縮になるという。MBAでならったマーケティングの用語で一瞬で理解がすすむかららしい。そのメリットは計り知れないほどだと言う。

英語の文法もしかり。生徒さんには文型と品詞と主語、目的語などの用語をまず覚えてもらう。すると後の時間が相当短縮できる。「これは第3やよね。だからこの動詞には目的語いるでしょ」と出来る。

用語はとても便利。でもはじめての人にとって、まったく意味不明。ところがベテランにはあまりにも当たり前すぎて、それが本来人間の脳にもともと、備わっている用語であると思ってしまう。

新人が多く入って来ている今、充分な配慮が必要である。