部長怒る

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新人営業マン河村操。入社から5年が経過した。スーツもすっかり着こなせるようになり、4月に増殖するスーツ姿がぎこちない新人とは違う。こなれた感じになってきた。

今日は久しぶりに上司と同行。普段の上司同行は課長だが、今日はその上の部長と同行する。若干緊張気味だが、まあ普段通りにやればと腹をくくっている。とはいえ、そこはやはり、自分が得意とするクライアントさんを多く含むルートを選択する。そのうちの一件、B社での出来事。

B社の社長。50代の上品な女性。3店舗を経営する敏腕社長。言いたいことをはっきり言うキレ者だ。脱新人営業マン河村操。ここの社長とは仲が良かった。だから、まっさきにこの店に来た。実はこの店、弊社とはかなり付き合いが長く良くしてもらっていた。ところが、私の前任とそのまえの担当が社長と上手く言ってなかった。前任の二人が悪いと言うのではない、彼ら二人の営業スタイルが社長には合わなかった。彼らのスタイルは共通してた。スタイルはいわゆるプッショ型、体育会系ののりでガンガン押すスタイルの営業だ。

もちろん、このスタイルに良いも悪いもない、ただ、社長は好きではなかったのだ、ガンガン押してくるこのスタイルが。

「まいど~河村です」この店では社名を言わない。ここの社長は個人と個人の付き合いを大事にしている。会社を代表してきている河村操というより、社長は河村操と付き合いをしている。その後ろに会社がある。そんな感じが好きなのだ。だから、あえて社名は言わないようにしていた。

「あ~ら、いらっしゃい河村君。ひさしぶり、お元気?あら、今日は同行なのね、はじめまして、B社社長です。」はやい。何もかもがはやいのだ。入ってきた瞬間、私の後ろに大きな男がついてきている。上司だと即効判断してのあいさつ。電光石火だ。この店では全てがこのスピードで進む。

先手をとられた部長はこばしりに社長の前へ、「どうも、いつも河村がお世話になっています。今日は一緒に回らせてもらってます。××です。」

名刺を受取った社長は、「あら、部長さんね。偉い人に来てもらうような店ではないのに。」嫌いなのだ。社長は上司が嫌いなのだ。一番頑張ってるのは現場なのにそれを評価しない上司をとても嫌うのだ。ほとんどの上司がそうだと思っているので、すみ分けも面倒なので、一律上司は駄目とくくっている。それで、いままで大きく外したことはないのでそうしているらしい。

「私ね。河村君とても好きなのよ」と言いつつ、私の方を見る。私はとんでもないと恐縮しながら首を横に振る。「前の担当者二人が最悪だったのよ。いやいや嫌いじゃないのよ、営業のスタイルが嫌いだったの。顔を見るたびに買って買ってなのよ。」部長はそれがなんで悪いの、と言う顔をしている。部長は完全にがてン系いけいけの体育会系営業マン。前任二人と完全に同タイプ。それが、営業ですけど何か?という顔でこっちを見る。

さらに、社長がつづける「河村君はね、いっさい売りこみしないの。こっちが欲しいものを注文しているだけ、もちろん新製品の案内なんかはしていくけど、今まで買ってくれと言ったことがないのよ。そこがとても気に入ってるのよね。」部長は、笑っている。そうですか、社長が喜んでくれてるならそれが一番です。これからも河村をお願いしますといい、店を出た。

車に乗ると開口一番こういった。それは私が予想していたのと、ほとんど違わなかった。「河村良かったな気にいってもらってるみたいやんか。」きた。このあとのセリフも予想通り「でもな、河村、あれは営業マンにとっては最低の評価やで。なんでかわかるか。」「はい。売りこんでないことを良しとされてましたからね。」「そうや、解ってるんやな。おまえ、あの社長の友達ちゃうねんから、優しくてかわいらしい子、言われて喜んでたらあかんで。」「わかっています。別によろこんでいません。」かわいいとは言われてませんけどね、と言おうとしたがやめた。

まったくもって、予想どおりの展開だった。店に連れて行ってから出るまでの反応、社長がどういうかも解っていた。そして部長がどういうかもわかってここに来た。脱新人を目指す河村操マンはかなりレベルをあげてきていた。ここまでの流れを予測できるようになった。未来予想図をある程度描けないとだめである。部長は体育会系の営業マン。わたしのスタイルを評価するはずがないのだ。

ここまでは順調にシナリオ通り、上手く行きすぎて怖いくらい。あとは、どこでこの切り札を出すかだ。河村操はキラーデーターを用意していた。キラーデーターとは相手を落とすために使う最後の切り札。それをデーターでつくったものをキラーデーターと呼んでいた。わたしはそのキラーデーターを車のなかに用意しておいた。部長が口を開いたタイミングで渡すつもりだったからだ。

気づかなかったが、部長はまだ文句を言っていた。いかにおれが軟弱なだめ営業マンかを話していた。そろそろいいかなと言うタイミングで部長に渡した。

「部長、これ見てください。」「なんやこれ」と受け取った。「先ほどの店舗の過去3年間の実績です。去年の9月から今日までが私の担当です。その前が前任者、その前の年が前任の前任です。それぞれ1年間づつ担当しています。」部長はだまって数字を見ている。「140%伸びてる。なんやこれ新製品か。」「はい新製品も入っています。ただ、その貢献度は5%です。あとは全部既存品です。」「売りこんでるやないか」「はい、売りこんでます。もちろんです。営業マンですから、友達じゃないですからね。」どうしてもひとこと言ってしまう。これがなけえば、もしかしたらもう少し偉く、、、やめよう、たられば言っても仕方がない。

「そうなんです。思い切り売りこんでいます。140%アップですからね。普通にやってても伸びません。しかも、凄いのはですね。社長は一切売り込まれたと思ってないんです。自分が欲しいものだけ注文してると言ってたでしょう。売りこまれた感がまったくないのに、結果的に去年より40%も多く仕入れている。私はこの営業スタイルはひとつの理想系だと思っているんです。どうしてかというとですね、、、」「わかったもうええ。お前の言い分はわかったからもう、黙って運転せえ。まあええけど、これからはちょっとぐらい売りこめよ。営業やねんから」と、とんでもないアドバイスを私に伝え、軽く目を閉じて移動のあいだ休んでおられた。

え~である。なんで~、だ。数字が全てといつも言ってるのに、数字で見せたら違うよ、スタイルだよと言う。

疲れた。すばらしいスタイルだとほめられるとは思ってなかったが、こういうスタイルもあるんだな、結果でてるからがんばれ。くらいあると思った。期待した俺がバカだった。

いずれにせよ。私がいろいろ試行錯誤して考えたスタイルがいちおうの結果を残した。手放しでは喜べないが、プッシュ型の営業スタイルが嫌で嫌でしかたなく、もうやめようと思っていた段階から見ると大きく進歩した。これが通用すると、これほど楽しいことはない。労力はかかるがとても楽しいスタイルだ。いったいどんなマジックを使い、社長に一回も売りこみされてないと言わせたのか。思いきり売りこんでいるにも関わらず。

部長も話しを聞いてくれず、寝ているようなのでこの話はまた次回にさせてもらうことにする。なんだか眠くなってきた。パーキングに止めて5分だけ休もう。部長もしらないまに、社長から注文をもらい今日の分を稼いだのだから少しくらいいいだろう。

次回、その秘密についてお話しします。秘密というほどのことでもなく、考えたらだれでもわかる簡単なことだけど、もしよかったら次回もお読みいただければ幸いです。

では。

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