「ご注文お決まりのころにお伺いします」そう言って立ち去った店員にこう声をかけた。

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お昼のピークが過ぎて、アイドルタイムにそろそろはいるよという午後1時50分。私はとんかつ屋にはいった。

ランチタイムにはランチがあり、普段より幾分安く食べられる。ランチタイムは午後2時半まで、まだ時間はある。

私の昼休みは、基本的に好きな時間にとることができる。忙しいピーク時をさけて、この時間帯にはいることが多い。ゆったりと食べられるのが、まあ特権だ。

入り口に掲示してある、数種類用意されているランチから、ヒレカツ御膳に決定。おかわり自由のごはんを最低3杯は食べるぞと固く誓ってのれんをくぐる。いらっしゃいませ、おひとりさまですね、お好きな席にどうぞと迎え入れられる。

私は広々とあいているカウンター席に座った。するとまもなく、ウエイトレスがやってくるかなと思いきや、こない。お好きな席にお座りくださいと言ったのは、ウエイトレスではなく、厨房担当の女性。アイドルタイムで人員を減らしているのか、ホールにはひとりしかない。
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(写真はイメージです)
しばらくすると、厨房担当の女性が、ホールと厨房の間にあるドアをあけて、こちらをみた。ホール内をキョロキョロとみわたし、ホールに人が足りておらず、私にお茶とおしぼりが給仕されていないのを確認すると、一瞬奥にもどり、私のところにお茶とおしぼりを持ってきた。そしてひとこと

「いらっしゃいませ、ご注文お決まりの頃にお伺いします」

というと、お茶とおしぼりをテーブルに置き、奥に戻ろうとした。あとは、ホール担当のウエイトレスにまかせようと思ったのだろう。

お客さん、本来私は厨房担当なんです。だから、今、お茶とおしぼりは一応持ってきましたけど、実際は私のしごとではないんです。だから、せめてこれだけにしてください、注文は、今ホールにいる彼女にしてくださいね、私にはやらないといけないことが、奥にたくさんあるんです、どうぞ、行かせておくれやす。

という雰囲気を背中で存分に発しながら、彼女は1歩厨房のほうに進んだのだが、申し訳ないが、今日はめずらしく、俺時間がないんです。このあとアポイントがあって、とっとと食わないといけないんです。

ごめんね、いつもみたいに、暇やったら、彼女、そうウエイトレスさんがくるのを待って、彼女に注文するんだけど、ごめんね、今日は急いでるんだ。

「ヒレカツ御膳、ご飯大盛りで」

厨房に1歩進んだ彼女の背中に、声を発した。秒速340メートルで進んだ音は彼女の鼓膜を通して脳にとどいた。彼女は立ち止まった。瞬間、彼女は背中から殺気をはなった。その背中は、おっさん、俺に注文するなってゆーたやろ、忙しい感じだしとったのに、なんで俺を止める、空気読めよと語っているようだった。

おそらく、強烈に引きつっている顔を、無理やり口角をあげることで笑顔にかえ、いかりをしずめ反転した。反転する行為のなかで、エプロンのポケットから端末をとりだし、ふりかえりざま、早速入力した。

「ヒレカツ御膳大盛りですね。しばらくおまちください」

そう笑いながら言うと、一気に加速し厨房への扉に突進した。

注文をとるとき、ご注文はお決まりですか?と聞くケースと、そんなに早く決まるはずもないとの判断で、ご注文がお決まりのころお伺いしますというケースと、ボタンとかがあって、ご注文がお決まりになりましたら、お呼びくださいというケースがある。

今回のケースは2番目の、ご注文がお決まりのころお伺いしますの変則ケースだが、このパターンで聞かれた時に、その場ですぐ注文すると、ムッとするまではいかないが、なんやねん、今注文するんかよって感じを出してくるパターンが多い。

なにかの段取りが狂うんでしょうね。

新しくきた客を席に通して、おしぼりと水をだして、そういう風に言う。そういった足で、客が帰ったあとの、テーブルの片付けなどをする。それを厨房に持ち帰ったあたりで、先ほどの客の注文がそろそろ決まる。席のほうを見ると、目線をあげている。お、いい感じだな、オーダー取りに行くか、ってのがいい流れなのでしょうね、おそらく。

なので、いきなりオーダーされると、うっ、ってなる。ちっ、ってなる。

とはいえ、席について、メニューを開けた瞬間に、ご注文はお決まりですか? って聞かれたら、おい、今メニュー開いたとこやでってなるし。まあ、店の業態にもよるぶぶんもあるので、これが正解ってないけど、なんかきっともっといい方法があるのではないかと思う。

気を回しすぎて、だめになっている気がしないでもない。海外とかって確か、I’ll be back. とかいいながら、人差し指を立てて、メニュー見てオーダー決めといてね、戻ってくるからって感じで去っていく。中指じゃないよ人差し指ね。

「のちほど参ります」

でいいような気がするのだが、いかがだろうか。