定食屋でとなりに座ったカップル。その会話はシックスセンスを彷彿させるような特別なものだった。

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いつも探してるわけやないんです。あ、ネタねネタ。ブログとかSNSとかメルマガをあれだけの量書いているからいっつも探しているんですよねと言われますが、そうでない日もあるんです。たまには、ゆっくりご飯を、コーヒーをと思っているわけです。

今日はそんな日。そう、シルバーウィークのまっただ中というのもあり、ゆっくりとご飯を食べようと。そういう日にしようと定食屋に。定番の生姜焼き定食を頼み、案内された席に。さあ、ご飯食べ放題のこの店で、今日は何杯ご飯を食べようかなとまだこぬ生姜焼き定食に思いをはせ、中島らものエッセイコレクションのしおりがはさまっているページを開いた瞬間、ついたての向こうから声が飛びこんできた。

「わたし、あんまりお米食べない人やから」

あれ?今日はオフモードやのにやたら耳に声が飛びこんでくる。いかんいかん、今日はオフや。食事を楽しむんや。さあ、エッセイに集中してと意識を本に集中しようとしたらカップルのかたわれが、

「うちのオカンと一緒や、うちのオカンも朝はコメ食えへんねん」

と。あかん、あかんって、その感じやめて、なんか起こりそうやん、もうやめて、今日はオフやねん。そっとご飯を食べさせて、と思ったがもう遅かった。気がついたら私は、本を読むために曲げた背中を伸ばして、生姜焼き定食まだかなあ〜、というていで、厨房をみるふりをして、カップルの容姿と雰囲気を確認してしまっていた。

あかん。世の中に起こるおもしろいことをより多くの人に知ってもらいたいという思いで生きている人間に、オフなんてないのだ。おもしろいことハンターの性に涙しながら、私は本を閉じ、となりの会話に集中することにした。二人の感じが、あきらかに何かを起こす雰囲気をかもしだしていたからだ。

「ああ、私は朝だけじゃないよ。もう基本的に3食ともお米は基本的に食べへんから」

オカンと一緒にされたことに腹をたてたのか、自分の話にかぶせて自分の話をしてきた相方のおっさんに腹をたてたのかは、わからないが、あきらかに気分を害した感じで、席を立ち、おかわり用のご飯が置いてあるジャーのほうに進んでいった。

ああ、今のはおっさんがあかんわ。話とったらあかん、彼女の話をいっかいちゃんと飲み込まなと、おっさんのマイナス点をひとつあげたあと、で、あんた、ご飯おかわりって、それ突っ込むところかと、彼女の驚きの行動に目を疑った。それってお米やよね、と。

まあ、それでも、基本的にと言ってるから、今日はデートだから特別なのかも知れない。普段は本当にあまり米を食べないのだろう。そう考えていると彼女はお茶碗にご飯を山盛りにして私の前を通過して席に戻った。

「ここのお漬けもん、おいしいよね」

席についた彼女は、何故かご飯の友である、漬物のことを話題にした。もしかしたら、糖質制限ダイエットで普段はご飯を食べていないのかも知れない。それで、今日はデートなので、デートの時くらいは、食べていいよとしているのかも知れない。

ご飯を普段食べないのに、お漬物の話をするってなんか違う。彼女は逆にご飯に執着しているように見えた。

「普段はご飯食べないから、家には漬けもんとかないねんけど、お茶漬けの時は、やっぱり漬けもんやね。ここの漬けもんは特に合うと思うわ」

と彼女が続けた。おいおい、やっちゃったよ。ご飯たべない派なのに、お茶漬けの話題って、それって、ご飯好きの人たちが話題にすることやでと心の中で突っ込んだ。もしかしたら、相方がオカンの話をしたときに怒ったのは、昼と夜に自由に米を食っている相方のオカンにいらついたからかも知れない。そんな事に思いを巡らせていたら相方がかぶせた

「おれは塩昆布が好き。あれがあったら、ご飯何杯でもいける。お茶漬けの時も基本は塩昆布やな。乾いてる奴とか濡れているやつとかいつもある」

そのあとに女は続いた。

「漬けもんの中やったら、すぐきが最高。あれが何にでもあう。そういえば、この漬けもん何となくすぐきに似てる」

もはや、私はご飯を食べない派だという設定はどこかに捨て去ったように、ご飯のおとも、しかも、おかずなどおかまいなく、白い米粒だけを食べるお茶漬けの話題を続けている。

「ああ、塩昆布が食べたい。夜食はお茶漬けにしよう。この間買った塩昆布がまだあるはずや」

と男が言うと、

「お茶漬けの時は、すぐきに醤油かけへんねん。なんかかけへんほうがうまいねん」

と女。

「お茶漬けの時は濡れている塩昆布のほうがあうなあ。お茶をかけたらダシがしみだす」

と男。

「お茶は番茶がいい。緑茶はちょっと違う」

と、女がかぶせ、

「乾いている塩昆布は四角い奴より、細いほうがいい。あのほうがお茶漬けに合う。まあ、基本的には濡れてる方やけど、乾いているのしかなかったらの場合な」

と男。

「まあ、玄米茶はありかな」

と女が言ったあと、最後の唐揚げに箸を伸ばし、ご飯の上にのせて、手前のご飯を箸でつまんで、口に運んだ。私が席についた時には男は壁に持たれて箸を動かしていなかった。机の上をみると、からになった食器が並んでいたので、あっというまに食べて、彼女が食べ終わるのを待っていながら、おかんと、塩昆布の話をしている感じだ。
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残念ながら、この話にはたいしたおちはない。その後もそんな感じの会話が続いた。生姜焼き定食が運んでこられて、私は二人の会話を聞きながらご飯を食べ終えて、まもなく店を後にした。

そのあいだに彼女は、ふたたびご飯をおかわりした。そして、すぐきに似たお漬物をおかずに、もくもくとご飯を食べていた。そのあいだ、男はオカンと塩昆布の話を続けていた。

さて、この二人がしてたのは会話だったのだろうか。二人は本当にカップルだったのだろうか。たまたま、席がいっぱいで、相席をしていただけなのではないのだろうか。なんだか、店をでてから不思議な気分になった。

映画のシックスセンスを思いだした。よくよく振り返ってみると、二人の会話はかみあっているようで、全然かみあっていないとも言える。噛み合っていないようで、かみあっているようにも見える。

まあ、実際に、二人は自分の脚で歩いていたので、お化けとかではない。明日何時にでるの?という問いに10時くらいにしようと答えていたので、この二人は、相席ではなく、カップルであるというのはまちがいない。

だとしたら、かえってホラーだ。9割以上の会話が、コミュニケーションになっていなかったのだから。こういう事例、実はたくさんあるのかもしれない。

ちなみに私は乾いた塩昆布にほうじ茶をかけたお茶漬けが好きだ。四角かどうかはどちらでもいい。