偽善者猛々しいとは俺のことかも知れない。世の中にはすげー人がいる。

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ブーーーーンと大きな音を立ててその存在をあちらこちらのトイレでアピールしまくっているハンドドライヤーとかエアータオルといわれる類の洗った後の手を乾かす機械がそのトイレにはなかった。

昨日ホテルに行ったときのできごと。

話が中座したので、今しかないというタイミングでトイレに立った。ホテルの最上階のバーにあるトイレ。2次会や3次会に利用しているのか週末だからか人が多い。アルコールには利尿効果があるのでトイレの利用回数は増える。先約が2人いて残り1つの前に陣取り用を足した。

わずかの差で逆転に成功し横で用を足していた男性より先に終えることができた。しかし私が終えたわずか0.5秒後に用を終えた先客が私が洗面台に行く前に割ってはいった。別に割り込んだわけでもないし、競争しているわけでもないが、これから伝える話にこの順番がとても重要な一つの要素となっているので細かく描写している。

用を終えたのは私のほうが0.5秒速かったかが彼のほうが洗面台に近かったので先に洗面台にたどりついた。洗面台はふたつあったので、彼が手を洗い始めた後、となりの洗面台で私も手を洗った。彼はわたしよりキレイ好きなのか、ここで逆転した。

そしてひとつしかないハンドペーパーのフォルダーに前にわたしは先にたどりつき、ハンドペーパーを1枚引き出し手を拭いた。前述したがここには機械が設置されていない。キッチンペーパーを硬くしたような紙が手を拭くタオルとして設置されている。わたしはそれをひっぱり手を拭いた。彼は1秒後にそのフォルダーから紙を1枚ひっぱり手を拭いた。

ここでまた逆転がおきた。まさに鈴鹿の最終ラップでコーナーごとに抜きつ抜かれつを繰り返すピケとプロストの攻防のようだ。最終コーナーの立ち上がりでそのおじさんは私のインをさし、あざやかに抜き去った。彼は丁寧に手は洗うが、拭き取りにはこだわりがなかった。私は彼ほどキレイ好きではないが、手は乾燥するまで完全に拭き取りたかった。

最後の最後に前にはいられ、俺は終わったと思った。その紙をゴミ箱にいれることでこのレースは終焉する。はあ、少々濡れていても気にならない手をもちたかった、残念だがしかたない。そう思って彼が紙をゴミ箱にいれようとするのを待っていると、とんでもないことが起こった。なんと彼は急にブレーキを踏んだのだ。

そして左手を差し出し、俺に先に紙を捨てろとジェスチャーしているではないか。なんだ、どうしたマシントラブルか。いや、見た感じ何も問題がない。彼はただ右手を伸ばしゴミ箱に紙を入れれば終わるのだ。それなのに彼は俺に先にゴールせよというように左手でゴミ箱をさして、俺にアイコンタクトをした。さあ、どうぞ、先に入れてくれという風に。

事情はわからないがなんらかの理由があるのだろうとくんだ私は、軽くおじぎし、紙をゴミ箱に捨てることにした。なんということだ、最後の最後に俺が勝つなんて。もしかしたら、彼は、先に尿を終えた人間が、真の勝者だとしているのかもしれない。一見ガサツで周りなど見ないタイプに見えるが、しっかりと俺が用を先に足し終えたのをみていたのもしれない。そうだとしたらとんでもない紳士だなと考えつつ勝利の味を味わいながら右手で紙をゴミ箱に捨てることにした。

ただひとつだけ問題があった。

これは、最初にトイレに入ったところ、そう鈴鹿の第一コーナーをアウトの端からインに大きく切り込んで突っ込んでいたところで気づいたのだが、このゴミ箱があふれていたのだ。週末でごったがえしているホテルのバー。披露宴からビールをのみはじめているお客さんらはいったいどれくらい飲んだかもわからない。どうしたってトイレに行く回数が増える。
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バーの従業員も定期的にトイレをチェックをしているのだろうが、おいつかない状態だ。直径20センチの円筒形のゴミ箱の高さは80センチ。容積25リットルのゴミ箱は週末のアルコールまみれの酔客の手を拭いた残骸であるペーパータオルを受け入れるには充分ではなかった。ふたがついていないそのゴミ箱の最上段からさらに上に積み上げられ、その山の頂は、ゴミ箱の最上段からさらに20センチほど上に位置した。

頂きに定着できなかったタオルたちはフロアーに崩れ落ちゴミ箱の周りを埋め尽くしていた。第一コーナーに入った私は「おいおい、トイレ巡回の頻度をもう少しあげないとだめだよホテルマン達」と思いながら小便器を目指した。

先に置けと言われたが、慎重に頂きに積まないことには、横にこぼしてしまうことになる。普段からエチケットだのマナーだと接客だのブログやメルマガに文句を言っている私が、まさかそのタオルを床にこぼすわけにはいかない。彼も見ている。ここは慎重に紙を置かなかければ。わたしは、抜かれて積むを繰り返されて、相当不安定なジェンガに触るほどの慎重さで、頂きにそおっと紙タオルを置いた。

やりました。

見事に置かれたその紙タオルは、その不安定感をものともしないくらいの安定感で頂きに君臨した。俺は誇り高かった。これで明日からも、エチケットをマナーを常識を語れる。俺は床を汚さなかった。

そうしてプライドを保った俺はドヤ顔をできるだけ抑えつつ、彼にどうも、お先にって感じで浅くおじぎしてトイレをでようとした、ウイニングランさながらに。彼から目線を切り右足を一歩踏み出そうとした瞬間、とんでもない事態が目の前に起こった。

彼は、私が見事に積んだその頂きに、手を拭いた後丸めて持っていた自分の紙タオルを右手で押し付け、そのまま全体重をかけ、そのタオルでできた、崩れそうになっている、かき氷の山のようなタオルの山を上から押しつぶしたのだ「グググぐぐー」と。

右足が出たところで止まった。容量25リットルを遥かに超えてその場にあったタオル。実はその容量の殆どを占めていたのは空気だ。彼はその空気を外に押し出すことであらたな空間を作ったのだ。30リットルは一気に5リットルほどに圧縮された。押しつぶされた紙タオル群は、ゴミ箱の底にはりつき、あらたな空間を提供した。

彼は押しつぶすために膝を曲げたため低い姿勢になったが、その姿勢のまま、今度は左手でゴミ箱の周りにあった紙タオルたちを拾い始めた。左手いっぱいに落ちているタオルを全部拾った彼は、右手をゴミ箱から抜き、紙タオルを持った左手をゴミ箱に入れた。そして先程と同じようにグーッと押し込み20リットルの空間を確保した。

俺は動けなかった。

ショックだった、エチケットリーダーと接客評論家の肩書きを返上しようと思った。俺は何をやっているんだと。動けなく固まっている私に軽く会釈をして彼はでていった。そこには、おれってどう? やるやろとか、すごいでしょというのは一切なかった。まちがいなく、普段からそういう行動をとっている人だというのはその雰囲気からすぐにわかった。

パンパンと両手をはたきながらゆっくりとバーラウンジに歩くその姿は完全にウイナーだった。

偽善者猛々しいといったところだろうか。慎重に崩れないように紙タオルを積み、ドヤ顔になっている俺を殴ってやりたかった。偽善上等という名の世の中にいいことをしようぜ、偽善と思われてもいいじゃないかというのをコンセプトにつくったサイトを閉じたくなった。

もはや偽善ですらない状況に俺は肩を落とした。なにやってんだ俺はと。

彼のような発想にいたらなかった原因はあきらかだ。汚いと思っているトイレのフロアーに落ちている紙を拾いたくない。そんなものは従業員がやるしごとだからというおごりがあるからだ。世のため人のためを語るのは10年はやかった。その彼は、完全に超越していた。困る人がいるのだろうなという判断を無意識のレベルでおこない、そういうのが体に染み付いているのだ。

まだまだ修行が足りぬ。最近はまあまあいけているとおもって調子に乗っていた鼻を神様が折ってくださったのだろう。いまいちど初心にかえり、神は見ているの精神を暗唱しふみしめ、日々をすごすことにする。

世界は広い。

とんでもない膳の塊な人が存在する