接客マニュアル
画期的な接客マニュアルを持つカフェに出会った。テイクアウトも店内で食べることもできるお決まりスタイルのカフェだ。どうしてもフルーツが入ったジュースもしくはソーダが飲みたく歩き回ってついにみつけた。レジを待つ列は少し長かったが僕は積極的にならんだ。
膨れに膨らんだ幅が、新年度版の広辞苑の一番大きいやつと同じくらいになったビジネスバックを肩から外し、混み合った店内に残っていた二人掛けの席の通路側にニュートンが発見した万有引力を大いに利用し、位置エネルギーを最大限つかって接触させた。
反動で左肩が大きく跳ね上がり、月面旅行でもしてるかのような開放を感じながら中でも一番短い列に並び前方上方後方に畳一畳分ほどの堂々とした大きさで壁に君臨しているメニューに目を向けるとピーチティーソーダが太字のヒラギノフォントでアピールしてきた。イメージした瞬間に乾いた喉がさらに乾きそれ以外オーダーすることを拒否した。
比較的短いと選んだレーンは、ふわふわスノーアイスのアイスがシャーベットなのかそうでないのかを丁寧に聞く妙齢の男性によりどのレーンよりも遅くなり他に後塵を拝する形となったが大差がつくわけではなくまもなくマンゴーソーダをオーダーできる状態となった。
「いらっしゃいませ、店内でお食事でよろしいですか」
と例のごとく例の通り聞かれた。
「はい」
と答えた私は続けて「マンゴーソーダーをお願いします」と言った。かしこまりましたと答えせっせと作り出すスタッフの背中を見ながら待っていると、となりのレーンには僕のビジネスバックよりはるかに幅は広いが重さが軽めのスポーツバックを掛けたクラブ帰りの高校生がトレイに菓子パンを二つ乗せてレジの番となった。
「お持ち帰りでよろしかったですか」
とスタッフは聞いた。高校生は声を出すことなく大きくうなづいた。そのサインを見たスタッフはすぐにレジを打ち三八〇円ですと請求した。すばやく袋の持ち手に手を突っ込んでレシートを受け取った高校生はもう一度頭を下げて店を出ていった。
そうこうしていると私のピーチティーソーダがでてきたので受け取って席に戻った。入口近くの席でパソコンを開いて今日の出来事について書こうと思ったところで気がついた。ちょっと待って画期的じゃないか。
私が好きでよく利用する別のチェーン店のカフェ。そこに行くときも前述のバッグを肩からかけて入店することが多い。位置エネルギーを利用しドーンと椅子に穴が空きそうな勢いで降ろした後、冬でも店内は暑いから脱げるだけ福を脱ぎネックウォーマーをはうzし、マスクを外してポケットに入れる。その行為はレジからほど近いカフェのカウンター席近辺で繰り広げられている。にもかかわらず、それを見ている、いやなんなら待っているスタッフを私がレジに立った瞬間「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか?店内でお召し上がりですか?」とくる。「いやいやいや、見てたよね?広辞苑が三冊ほどはいってそうなカバンを肩から降ろしてアウターからセーターまで三枚も脱いで、ネックウォーマーを外してマスクまで外しているのに、これで持ち帰る人っている?風邪引くわ、ほんで、職質受けるわ、店内で食べます」って毎回いいたくなる衝動を抑えて「店内で」と答えホットコーヒーを注文する。
ここのカフェは是非前述のカフェに研修に行くか、前述のカフェの接客研修講師に出張セミナーにきてもらったらいいと思う。
もうお気づきだろうが2つの点において、画期的だ。まず、スタッフがその人の様子を見て、どちらか一点だけ、持ち帰るのか、それとも店内で食べるのかを判断し聞いている。万が一外れたら、客は「いえ」と答えるだけなので負担はない。
もう一点は、どちらか一方で聞くことで、答えはイエスかノーで済むのだ。あなたは学生ですか?と聞かれて、学生ならイエス、違うならノーでいい。ところが、あなたは学生ですかそれとも社会人ですかと聞かれたら、必ずどちらかを答えないといけない。五〇をとおに超えたおっさんに学生ですか?と聞くおかしさが、服を脱ぎまくって半袖になって、なんならパソコンまでテーブルの上にだしている人間に「お持ち帰りですか」と聞くおかしさがある。必ずどちらかを答えさせないといけないこの質問にどれだけ客に負担をしいるかを考えたほうがいいのではないかと思う。今度営業に行ってみることにしよう。
別に予想なんて本当は必要がない。全員に「お持ち帰りですか?」と聞けばいいだけだ。そうなら客は首を縦に振り、店内で食べるなら横に振る。それだけでもいい。それにしてもこのカフェは一歩前にいっている。スタッフはきっと予測している。今度聞いてみよう。