自分が好きなことより、人が好きなこと。

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自分が好きなことをして生きていくのが最高にしあわせな人生に違いないと思って生きてきたが、ここにきて、それって本当に最高なのかって思えてきた。

実はそんなものって大した意味がないのではと思ってきたのだ。好きなことをして生きていくのは、現在好きなことをして生きていない人にとっての最高であって、それは人生において最高のものではないのではないかと。

そう言われてみると、好きなことばかりして生きていくことが最高だと思っていたのは、好きなことだけをして生きていないときに思っていたことであって、ほぼほぼ好きなことだけをして生きている今、それって、それほど幸せではないのではと思えるようになってきたのだ。
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結論はでている。

なぜ、自分が好きなことだけをして生きていくのが最高ではないのか。理由はこうだ。

自分が好きなことをして生きていくことにより幸せを感じるのは、自分ひとりだけだからだ。

そう、自分が好きなことをして生きても、基本的に幸せになるのは自分ひとり。一緒に暮らしているパートナーが「パパが幸せそうだから、家族もみな幸せになるよ」ってなことはあるかもしれないが、そんなこといっても、幸せなのは、基本的に自分ひとりだ。

ところがだ、世の中の多くの人の好きなことをサポートするようなことができれば、それは、とても多くの人を幸せにすることができるのだ。

自分ひとりが大満足でしあわせを100とするとして、もしあなたが、世の中の人の幸せ度をほんのすこしだけあげることができたとしたら、5だけあげるとして、それが300人になれば、それは1500にもなり、自分が100%満足しているのの実に15倍にもなるのだ幸せ度が。

そっちのほうが断然幸せだ。

私はサーフィンが大好きで、それだけをしていたいと独立した。実際に、サーフィンは行きたいときにいけるし、とても幸せだが、それよりも、上級になれずに、もがき苦しんでいる中級サーファーに、上級になるためのヒントを提供している方が100倍たのしい。自分が、すごい波にのるよりも、わたしのブログを読んで、海でやってみたら、今までに味わったことがないほど、強烈な波のパワーをもらいましたとか、今までいっつも背中側に転んでいたトップアクションですが、先週号のメルマガのアドバイスで、転ばなくなりましたと言われるほうが、ほんと何倍もうれしいのです。

そう考えると、自分がやりたいことだけして生きるという幸福度は実に小さいのではないかと思えてきたのだ。

マザーテレサやブッダは世の中の人が幸せになるために尽力した。自分を犠牲にしてまで、人々の幸せのためにやってきたのだが、そこには、もしかしたら、そうやっていることが、最高に幸せだというのがあるのかも知れないなあとフとおもった。もちろん、そんなチンケな動機などないというのが本当のところだと思うが。

要は、人のためってのは、結局自分のためなのだ。自分ひとりのためにやっているより、人のためにやっているほうが、自己満足度や自己幸福度は何倍にもなる。

世のため人のためってのは偽善でもなんでもなく、自分の欲のためなのだ。そう思っていただければ、あいつ、ええかっこして、人のためとかいいやがって偽善者があ、ってなるのではなく、フン、結局、あいつは自己満足のために人のためっていってやがるんだってなるのではないだろうか。

そういうことで、これからの人生は、自分のために、人のことを思っていきることにする。
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河村操が、あなたのためなんですと、発言したり、近づいてきたりしてきたときは、はは〜ん、こいつ自己満足のために近づいてきたなと思ってください。

結局、自分の欲を消せていないので、人道的にはどうかはあやしいですが、自己の欲求のために、ひとのことをサポートするって、これって強烈なものになるのではないでしょうか、そう考えると。

夫婦でいれば、苦労は半分になり、幸せは2倍だよねってのに、すこしにているような気がする。

世のため人のためは自分のため