加古川駅前王将のおっさん

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「おっちゃん、さすがに夏は冷たいのやろ?」

わたしが所属する『ランバージャックス加古川』という森とともに生きる会社の本社が兵庫県の加古川という場所にある。定期的に行く。その時に、駅の高架下にある『餃子の王将』にたまに行く。4月に訪れた時も、餃子と回鍋肉とご飯大を食べるために立ち寄った。

いらっしゃいませという元気な声に迎えられ、カウンターに案内された。おばちゃんが、注文を取りに来たのでオーダーし、出された水に口をつけたときに、2つ離れた右側に座っていた70才位のおっちゃんの、カウンターをはさんで、向かえに立っている、先ほどオーダーを取りにきた、おばちゃんが放った言葉が冒頭のそれだ。

「いや、夏もこれやで」

と、そのおっちゃんは、餃子の横に置かれている、アサヒスーパードライの大瓶を持ち上げ、油まみれのビールグラスに注ぎながら答えて言った。

「うそやん、夏やで、暑いから、冷たいほうがおいしいやろ。夏でもそのぬるいビール飲むのん?ほんまに?」

いつも、常温のビールをオーダーするこのおっちゃんの行為が理解できないかのように、おばちゃんは、おっちゃんとやりとりを続けた。

「そうや、わしは真夏でもこれや、冷やして飲む奴は、ビールのことわかってない」

と、継ぎ足すために右手に持ったアサヒスーパードライを少し上にかかげるように、口元に笑みを浮かべながら言い切った。セリフは断定的だが、笑みを浮かべながら、放った言葉は、妙にやさしく、冷やしたい人は冷やせばいいし、ぬるいのが好きな人は、そうすればいいと、世の中の事象は全て、受け入れる、ひとそれぞれ、多様な世の中だからねと言っているような、心地良い空気をかもしだしていた。

2つ隣の席で、再び水を口にした私は、いてもたってもいられなくなった。どうしても、信じられなかった。おばちゃんが何回も聞くのも理解できた。しかも、おばちゃん以上に、受け入れられなかった。そう、私は、真冬でも、キンキンに冷えたビールしか許せないのだ。

BBQや宴会などで、家の人や友達が、気を使って、少し多めにビールをだしてくれるのをみて、ありがとう、でも、ギリギリまで冷やしといてって思うタイプなのだ。冷えていないビールなんてありえない、それならぬるい水道水でいいというほど、ビールは絶対に冷えていないと思うくちなのだ。

体を壊してからはビールを飲んでいないが、以前は大のビール党。1日に3リットルを飲む酒豪だった。だから、もう、なぜなのか、このおっさんは、なんでぬるいビールが好きなのか、気になって気になってしかたなかった。あかん、もう我慢でけへん、聞こう、おっさんに理由を聞こう。

そう思ったら行動していた。ひととおり、しゃべったおばはんが厨房に戻ったタイミングで、席をひとつ右にずらして、おっさんを凝視した。5秒ほど続けたら、おっさんが気配を感じたのか、こっちを向いた。わたしはにっこりと微笑みを返し、切り出した。

「おっちゃん、ビール、ぬるいほうが好きなん?」

おっさんは、一瞬、この青年が、何を言ってるか理解できずに、ぽかんとしてたが、やがて、理解し、目線をビールにあずけ、口元に笑みを浮かべながら答えてくれた

「そうや、おっちゃんは夏でもぬるいビールや」
「え、そうなん。絶対に冷たいほうがおいしいやん。俺は、冬でもおもいきり冷やすで」
話がややこしくなるので、私が、以前は飲んでたが、今は体を壊して飲んでませんという情報はいれなかった。おっさんは、口元に浮かべていた笑顔を目元まで広げて、うれしそうにいった。
「にいちゃん、それは、ビールのホンマの飲み方知らんわ。ビールは冷やしたら、味なんかせえへんやろ」
「はい、それはなんとなくわかる。ドイツとかイギリスとかは常温で飲むって聞いたことがあるし、中国のビールも冷えてないと聞いたことがある。おっちゃん、日本人やんな」
「日本人やで。そうや、にいちゃん、ビールは味わうもんや、冷やしてたら味なんかせえへんやろ」
そういうと、おっちゃんの前にたまたま積んであった、洗ってある油が少しついたグラスに手を伸ばし、俺にちょっと飲んでみ上手いからと給仕してくれそうになった。
「おっちゃん、ありがとう。今から仕事やからええわ。気持ちだけ」と断り「そうなのか、じゃあ、今度友達に常温で飲むようにゆーてみるわ。友達にビールは味やでって言ってる奴がおるから」
「おお、そうか、ゆーたってみ」
とおっちゃんは自分のグラスに残りのビールを継ぎ足した。

わたしは、お話してくれてありがとうとお礼を言って、おばちゃんがもってきた餃子を食べるために小皿にラー油をいれた。おっちゃんは、こちらに向けた顔を正面にもどし、ゆっくりと餃子に箸を伸ばし、再び晩酌を楽しんだ。

きっと、むかしのラガーとかモルツとかイギリスのギネスとか、ベルギーとか黒ビールとかは、ぬるく飲んでも大丈夫なのだとは思うが、わたしにはまったく理解できない。でも、まちがいなく、冷やさずに飲むのを好む人も存在するのだ。

大好きな王将で、ほんの少しだがコミュニケーションをとった。ぬるいビールを愛するおっさんは、わたしに、冷たいビールを飲むなとは強要しなかった。世は多様性の時代。ライフスタイルはたくさんあるし、価値観なんて人それぞれだ。

自分のポリシーをもっていながらも、それを強要しないしせいにいたく感動した。あんなおっさんになれたら幸せだろうなと、わたしは本社に向かった。