梅田をあるくOL風女性が落としたカーディガンを拾っただけなのに

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ナレッジキャピタルというコワーキングスペースに行くためにグランフロント大阪という商業施設の中を北に向かって歩いていた。平日の昼間というのに、行き交う人は多い。滋賀県草津駅とは人口密度が全然違う。

人口密度と言えば、今朝の情報番組で、アフリカのある地域の場所のイメージを伝えるために、キャスターが

「この国の面積は北海道の約2倍あり、人口は東京都と同じくらいいるんです」

と言った。ドヤ顔でこっちを見ていたが、わたしも、テレビのコメンテーターもどういう顔をしたらいいか戸惑っていた。北海道はあきらかに東京都より面積は大きい。その2倍だから相当大きい。なんとそこに東京都と同じ数だけの人が住んでるんですよ、すごいですよねえって感じで言われても、北海道の2倍なら相当広いし、そこに東京都という狭い土地に密集して住んでいる人口と同じ数がいるのなら、なんか、適当にバラけていて、ちょうどいい感じがするのだが。

北海道の2倍面積があるにも関わらず、人口は北海道の3分の1なんですよといえば、かなりの閑散感が伝わってくるし、この国は、東京都の半分の面積しかないのに、なんと東京都と同じだけの人が住んでいるんですよ、といえば、どんだけ、こみこみやねんってイメージできる。

おかしなたとえをするんじゃないよと、朝から毒づいていた。

さて、話を戻そう。

わたしは草津に比べて5倍ほどの人口密度の中を北に向かって歩いていた。左側通行なので西側を歩いていた。すると、5メートル前を歩いていたOL風の30才前後の女性が淡いブルーのカーディガンを落とされた。

カーディガンは薄手。右肩にかけていたショルダーバックの上からスルスルと音を立てる事なく、床に落ちた。彼女はまったく気づかず進んだ。わたしは、残り5メートルの間に決断を色々しなければならなかった。

まず思いだしたのは、前回風呂に入った日時。先週はサーフィンもゴルフもしまくった。まんがいち、風呂に入っていなかったら、とてもじゃないが、カーディガンは拾えない。汗くさく、体臭にまみれた左手で、すてきな女性が着ているカーディガンに触れるなんてとんでもない。

早速、記憶が蓄えられている大脳皮質にアクセスしたら、今朝シャワーを浴びた記憶にたどりついた。同時に、昨日人に会う前につめを切ったのも確認できた。よし、大丈夫だ、きたなくない、拾える。

この回答を出すまでに2メートル進んだ。カーディガンまであと3メートルしかない。もうひとつ決断しなければならない。わたしは再び大脳皮質にアクセスした。今日のいでたちは?

なにせ、俺はこの2年で3回職質をうけている筋金入りの、見た目の怪しさをもっている男だ。職質されるような格好で、カーディガンを拾って渡そうものなら、きゃーっと悲鳴をあげられる可能性がある。それは避けなければいけない。わたしは、瞬時に出かける前のクローゼットの前に記憶をもどし、確認した。

答えは、まあギリギリセーフ。カーキー色のカーゴパンツ風のショートパンツに、ナイキの紺色の川遊びにも使える兼用のスニーカー。緑の蛍光のTシャツに紫色のリュック。

微妙なラインだが、先日カットにいったことで、汚らしさは半減している。よしゴーだ、と判断をくだしたときには、まさにカーディガンが目の前に迫ってきた。

わたしは進路をカーディガンの東にとり、膝と足首と股関節を曲げて左手を伸ばして、できるだけ接地面積を少なくして掴んだ。はじめのミッションを終えたわたしは、次のターゲットに目線を移した。

ターゲットであるOL風女子は、3メートル前をウィンドウショッピングをしながらゆっくり歩いてた。

わたしはこの3メートルのあいだに、もうひとつの決断をしなければならなかった。

そう、どう、声をかけるかだ。これが、かなり重要になってくる。見かけは、随分ましだとはいえ、サーフィンとゴルフで真っ黒な人間が、胸囲110センチの上半身を蛍光グリーンのTシャツをきて歩いてくるのだ。その人間に声をかけられたら、驚くのは必死。

いったい、どういう声のかけかたが、彼女をおどろかせないか、2メートルで決断する必要があった。

まず、後ろから声をかける選択肢は早々にきった。

後ろから声をかけられたら、たいがいのひとは、自分とは思わないし、何回も声をださないといけない手間がある。それに、気づいて、振り返ったときに、真っ黒な巨漢が蛍光グリーンでたってたら、それこそ悲鳴があがるかもしれない。見た目がましなのにだいなしになる。だから、後ろから声をかけるのは辞めた。

前に回って振り返ってというのはどうだろうか。これは結構いい。横を抜かすときに、わたしの姿が目に入るし、その人がゆっくり振り返りながら、手に持っているカーディガンを見せながら、やれば、一番落ち着いていられるのでは。その方法がベストかと思ったが、辞めた。

理由は、抜かして3歩くらい進んだ時に、彼女がカーディガンをみつけ、どろぼ〜と叫ばれたら、それこそ職質どころか逮捕されることになるので、それはだめ。

で、結局、横で声をかけることにした。彼女の横を通るときに、歩くスピードをゆるめ、2,3メートル並走し、そこでスピードをすこし上げる。彼女にわたしを確認させたあと、2,3歩前にでたわたしは、やさしく声をだす。

その時にあやしまれないように、自分の体を隠すようにカーディガンをかざし、ほら、これあなたのでしょという感じでやることにした。

で、結局、そうやった。慎重に声をかけた

「あの、これ、落としましたよ」
「わっ!」

彼女は驚いて声をあげた。両足を揃えて立ち止まった。肩をすくめて両手を胸の前で組み、首と心臓を守った。すこし飛び上がった。

ああ、これでも驚かせてしまったか。若干震えてる。悪いことをしたなあと思った。後ろの人に拾うのをまかせたほうがよかった。後悔したが、しかたなかった。

「あの、これ、落とされましたよ」

そう言って、左手を伸ばした。彼女は

「あ、す、すみません」

と恐怖におののいた表情をとけないまま、右手を伸ばした。ところが筋肉が硬直したのか伸びきらない。わたしは半歩戻って彼女にカーディガンをわたした。いつもならここで微笑むのだが、辞めておいた。さらに彼女を固めることになるだろうから。

彼女は、お礼をいいたいのだが、声がでないんですという顔でわたしをみていた。はあ、ちょっと見た目何とかしないといけないなと、いいことをしたのに、なんとも言えない気分で仕事場に向かった。

今日の俺↓
写真1

怪しいだろうか?まぶしいとは思うが。