中堅営業マン河村操

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<フン、なんで先輩はお願いなんかするんやろ>中堅営業マン河村操は先輩営業マンと同行したときに思った。この日は同行だった。普段は1人で回る。どうしてもひとよがりの営業スタイルになってしまう。それを避けるために他の営業マンとたまに、一緒に回れ、というのが当時の上司の考え。

その日、中堅営業マン河村操は先輩と同行だった。先輩の担当エリアを一緒に回る。先輩の営業スタイルを知る絶好のチャンス。ところが中堅営業マン河村操。この時期は生意気全開、会社でもトップの営業マンと思い込んでいた。だから、今更なんでこんなおっさんと回らなあかんねんと内心思っていた。

先輩、申し訳ないけどあなたから学ぶ事はなにもないよと思っていた。さらに言うとこのとき、中堅営業マン河村操には他の部署にあこがれの先輩がいた。出来るタイプの営業マンでさっそうと風をきり社内でも切れ者と評判の人だ。中堅営業マン河村操はある懇親会でこの人と知り合い、それ以来仲良くしてもらっている。

この人から色々聞いている。彼以外のアドバイスは必要ないと思い込んでいた。「河村。クライアントとうちは対等なんだよ。しかもうちは上場しているメーカーだ。えらそうにする必要はないが、ぺこぺこする必要なんかないんだ。いいか、河村。相手のメリットを徹底的に考えろ。それが結局はお互いのためになるんだ」

メーカーとクライアントは対等だ。こちらの商品がなければ小売りは商売できない。お互い様なのだ。ところが実際はそんなことはない。商品を買ってもらうのはこちらだ。お金を払ってくれるのはクライアントだ。実際は完全にこちらが頭を下げる。そうやって先輩から習っていた。

当然のようにこの日も先輩は頭を下げまくっていた。提案しいざ注文の段になると「すみませんけど、お願いしますよ」というのだ。最悪この人と中堅営業マン河村操は思った。なんで頼むかなあ。提案書で充分あちらのメリットを伝えた。向こうも納得した。なのになぜ、頼む。

「いいか河村。絶対に頼むなよ。頼むと立場が弱くなる。とらないなら上等くらいの姿勢でいろ」とあこがれの先輩は言う。中堅営業マン河村操もそう思っていた。立場が弱くなるのは絶対に良くない。

同行が終了した。

「おつかれさま。なんも勉強なる事なかったやろ。河村は優秀やし提案書とかもパワーポイントつかってしっかり作るし。俺なんかいまだに手書きや」と照れくさそうにファイルを叩いた。

「いえいえ、勉強になりました。早速自分の営業にも取り入れてみます」と言って別れた。それにしてもこの中堅営業マン河村操いやな奴である。客観的に見てこんな営業マンが上手くクライアントさんとコミュとれるわけがない。でも、このときの彼は解っていない。そらそこら中の先輩から生意気と言われるわけだ。

あこがれの先輩が言っている事は半分正しい。相手のメリットを提示しなければ提案する意味がない。この商品をとることで相手にどれだけメリットがあがるかを提示し、それが相手の売上と利益に貢献しなければ、ほんとにただのお願い営業になってしまう。ちなみに同行した先輩はここもきっちり出来ていた。だから余計に不思議だったのだ。なんで、あそこまで見事な提案をするのに頼むのかと。

もうお気づきでしょう。

同行の先輩が見事な提案のあとになぜ、お願いするのか。そうです。クライアントさんにしょうがないとってやるかという感情を持ってもらうためです。クライアントさんは買うほうです。対等とはいえ、やはりお金を出すほうが強いです。

買ってやるという思いが強いのです。ですが、あこがれの先輩方式だと逆になります。買わされている感が残るのです。説得された感が残るんです。議論に勝ったときに似ています。あまりメリットはありません。提案された内容がクライアントさんにとって、メリットが多いほどそうなります。

喉から手が出るほど欲しいのです。とるに決まってるんです。だから余計に、負けた感が残るんです。それを同行していたときの先輩はわかってるんです。相手に言い訳を提示したわけです。ほんとはとりたいというのなんて、営業マンに見せたいわけないじゃないですか。それをベテランの先輩は知っているのです。

もう、とるぞという一歩手前で絶妙のタイミングで頼むのです。「社長、偉そうに提案していますが、ぶっちゃけ、数字が足らないんです。成績が悪くて売上が足らないんです。こいつね、河村はね優秀な若手なんです。比較されてばっかりで肩身狭いんです。だから社長顔を立てる意味でもお願いしますよ」とやる。

中堅営業マン河村操はそれを横で聞いても、その凄さに気づかない。ださいおっさんとしか思っていない。ださいおっさんは、中堅営業マン河村操がそんな事思ってるのは100も承知。気にしない。それより売上、それも気持ちよく買ってもらう方法しか考えていないのだ。

この後10年以上立ってこの先輩の凄さに気づくのはベテラン営業マン河村操になってからだ、例のあこがれの先輩はこのとき存在していない。見事に失墜し今はどこにいるかもわからない。

セールストークというのは見事に変遷していった。

新人はテクニックがないので頼む、頼みまくる
中堅はセールストークの習得とその生意気さでいっさい頼まない
ベテランは全てを経験して見事な提案とお願いをミックスする。

あなたが女の人を誘うときも同じ。俺っていけてるから遊びたいやろ、飯おごるからついてこいやでは、だれもついてこない。プレイボーイは必ず、言い訳をさせる提案をする。「一緒に行こうと思ってた同僚が急に仕事が入ったって連絡があって。ようこさん、残業で忙しいとは思うけど、僕も手伝うので食事つきあってください。予約したのパーになるので」と誘う。

ようこさんが、少しでもあなたに関心があれば断らないだろう「しょうがないわねえ」となる。

中家営業マン河村操の苦難は続く。