家族の中で交わされる会話は、ときに強烈なインパクトをまわりに与える。カフェで小耳にはさんだ親子の会話は壮絶だった。

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「ああ、おとうさん、なに?」

最近気に入っているカフェ。人気なのでなかなか良い席には座れないが、その日はたまたま空きがありボックス席にすわれた。

まさにその席はボックスで、3面がフェンスのようなもので覆われていて、プライベート感が味わえる。なんとなく個室にいる雰囲気になるので集中はできるが、実は注意も必要。

当然そこは個室ではない。ボックスの1面は完全に開いているし、フェンスは網目状の木製なので音はダダ漏れ。それ以前に天井は抜けているので防音のぼの字もなく、すべての会話が回りにつつぬけだ。

形がボックス風なので、これがとても困ったもので、何故か自分たちだけの空間のような気がしてくる。先日も親子3人とその母がたの両親の5名が離婚に伴う親権について話をしていた。おいおい、その話は、カフェではまずいでしょ、カラケボックスとかのほうがよかったのではと思いがよぎり、さすがに聞くことを拒絶し、イヤホンをつけ仕事に没頭した。

そういうことが起こってしまうのだ。そこは個室ではないというのを忘れるととんでもない事態になる。そんなとんでもない事態が今日起こった。

その個室風の空間がもたらしたかどうかは、本人に確認をしていないので、定かではないが、親子の強烈な会話が耳に飛びこんできた。

「ああ、おとうさん、なに?」

私の背中側にあるボックス席から聞こえてきた。あきらかに不機嫌そうな声で、たった今はいってきた父親に向かって娘が言った。この娘は30代前半。私が席につく時にちらっと見えたのだが、本を広げて何かの勉強をしているようすだった。

結論から言うと、お父さんは、娘からの依頼を受けカフェに娘をむかえにきたのだ。

約束の時間を過ぎても店からでてこない娘の状況を確認するためにお父さんは店にはいってきたのだ。店員にことわり、店の中を徘徊し、娘をみつけて、ボックス席の空いている面に立ったのだ。その姿を見つけた娘が、もうきよったんか、早いなあ、もうちょい遅めに来いっていったらよかった、なんやねんな、外で待っとけや、という思いを込めていたかどうかはわからないが、わたしには、そう思っているような声のトーンに聞こえた。

「いや、もう10分過ぎてるし、どうなのかなと思って」

と恐る恐るお父さんは切り出した。私は、パソコン画面の右上に表示されている時計を見た。20時12分だった。ははーん、待ち合わせは20時だったんだな。

「うん、だから?」

と娘はものすごく不機嫌そうに、低い声で言った。その声を聞いて震えあがったのは、私だけでなく、当事者であるお父さんもで、お父さんは即座に、震える声で言った。

「いや、お父さん、車で待ってるから」

そう言ったあと、お父さんは入口の方に1歩踏み出した。その瞬間何かが机の上にたたきつけられる音がした。おそらく持っていたペンを机の上に強めに置いたのだろう。わたしはビクっとした。お父さんも恐らくビクっとしたと思う。足音が止んだ。

「なあ、なんなんそれ。嫌味なん。外で待ってるって、それが中にいる人に対して、はやくしろって言ってることにしかならへんのわからへんの、やめてくれる」
「いや、そんなつもりないで、気にせんとゆっくりして」
「はあ〜、できるわけないやん、気にせんとなんかできるわけないやん。やめてくれへん」

個室と思ってるのではないかとしか思えないような会話が飛びこんできた。わたしは席を立ち上がって、あの〜、声聞こえてますよと言ったほうがよいのではという気さえおきるほどだ。それほど、彼女の言葉は強烈だった。親子ならではだなと思う反面、それにしても、親子ってすごいなとおもった。

「おとうさん、お茶でも飲んだら?そのほうが、気がらくやわ。新聞もあそこにあるから、新聞でも読んでたら」

おいおいおい、おまえなあ、待たれてて気になるとか嘘やろ、おまえにそんな配慮ができるんかと、なにをえらそうに、親に向かって言うてんねんと思った。さらに、新聞読んどけって、もう夜の8時やぞ。お父さんには新聞読ませといたらええわみたいにいいやがって、夕刊ももうとっくに読み終わってるっちゅうねん、ねえ、お父さん。
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(写真はイメージです)
とわたしは怒ってたが、お父さんは、そんなそぶりを見せもせず、娘の正面に腰をおろし、店員を呼んでコーヒーを頼んだ。そして、入り口にあるラックに置いてある新聞を取りに行き、2紙ほど掴んでもどってきた。

まもなくコーヒーが運ばれてきて、この事件は終息をむかえたとなと、わたしも記事を書き始めたら、第2ラウンドがはじまった。

「ごめん、気いちるわ。前に座られてコーヒー飲まれて新聞読まれたら、プレッシャーやわ。はよせえって言われてるみたいやわ」
「いや、そんなつもりないで、ゆっくりしいや。お父さん新聞読んでるから」

泣きそうになった。お父さん、こんな娘でごめんなさいって俺が思った。でも、娘やったら、これくらい言われても平気なんやろうな、かわいくてたまらんから別にええのかもと思っかた。すると、驚きの言葉が聞こえてきた

「おとうさん、席いっぱい空いてるやん、ほら、その横もあいてるから、そっちいったら、広いし新聞も読みやすいやろ」

え〜って思った。お前が新聞読めっていうたからよんどんねん。コーヒー飲めって言うたから飲んどんねん。それをあっちいけって、さすがにお父さんも切れるやろうとおもったら、がさがさと新聞をたたむ音が聞こえたと思ったら

「そうやな、あっちいくわ」

通路をはさんだボックス席に移動した。

こんなことがあるのだろうか。これが親子なのだろうか。慣れ親しんだ、気がねしない、遠慮もいらない家族の会話なのだから、別に他人がとやかくいうことはないのだが、これほど、強烈なやりとりは聞いたことがない。ドラマだとリアリティがなさすぎて、台詞の変更を求められるレベルだ。

実際は、これくらいのレベルはどこの家庭でも日々繰り広げているのかもしれない。それでも、それをこうやって聞いてみると強烈なのだ。家族って、そういう意味ですごいなあと思う。絶対の信頼感でなりたっている。これが友達どうしだったら、おそらく修復不可能な喧嘩に発展しているレベルである。

親子や家族のつながりの強さにあらためて驚かされた。いやあ、今日も素敵な劇場が目の前にあらわれた。なかなか見られない寸劇をみせてもらったなあと、再びわたしは、キーボードを叩き始めた。

わたしはようやく集中モードになり、快調にキーボードを叩き出し、回りの声も聞こえなくなり、自分の世界に入り始めたなと思ったその時、再び現実にもどされた。彼女の声がとんできた

「なあ、お父さん、やめてくれる。なんで、違う席でコーヒー飲んでんのん」
「え、いや、あの・・・」
「なあ、お父さん、わたしら父娘やんかあ。離れて座ってたら、喧嘩してるみたいやんか、こっちきてくれへん」

おおお、すごい。もうわけがわからない。友達がFBで女の怒りを沈める方法という記事がかかれたブログを紹介していたが、それもっとちゃんと読んどけばよかったと思った。それなら、お父さんに、対応策をアドバイスできたのに。

私も営業マン時代、クライアントに理不尽なことでよく怒られたが、これほどのはなかった。すごすぎる。

カサカサと再び新聞をたたむ音がした。そして、お父さんは再び娘の前に座った。

だめだ。この舞台はあまりにも激しすぎて、これ以上見てられない。そろそろエンディングに行ってくれと思ったところでようやくフィナーレを迎えた。お父さんが娘の前に戻って3分ほど経過したころ。あれ、妹さんも横にいたのかと一瞬思わせるような、聞いたことのない、先程より1オクターブほど高い声が聞こえてきた

「おとう〜さん♡おまたせ〜♡コーヒー飲み終わった?いこっか、終わったよ♡」

あれ、いや、あの、今の声、まさか、先ほどのガラの悪い娘さんじゃないよね。

これが女なのか。ねこなで声ってこういうやつだよな。おどろくほどかわいい声で、かわいいイントネーションで娘はお父さんにはなした。

「うん、もう飲み終わったよ、いこうか」
「うん、帰ろ。おなかすいた」

もうそのシーンを直接みなきゃ気がすまなくなり、私は席をたってトイレにむかった。伝票をもつお父さんの左手に右手をまわし、思い切り可愛い笑顔でお父さんを見上げ、

「おとうさん、このシャツかわいいね、よう似合ってるわ」

と言った。それを言われたお父さんは、まんざらでもなさそうな顔でレジに向かった。

おんなって・・・・

4才くらいの女の子をもつ、お母さんが、4才でもおんなやからねえって言うのをよく聞くが、まさに、こういうことなんだろうな。わたしには娘がいないのでわからないが、娘を持つお父さんは、このお父さんの心情を完璧に理解しているのかも知れないなあと思った。

それにしても、あのツンデレぶりは猫を通りすぎて、やくざの手法だな。おもいきり、どなって、おどして、ときには殴ったりしたあと、ごめんな、殴って、おまえしかいないんだよと甘える、抱きしめる。やくざのツンデレみたいだ。

あんなことを娘にやられたら、そりゃ、おとうさんどうしようもないなあ。まあ、しあわせそうに、帰っていったからよしとするか。俺もブログのネタを仕入れることができたんだし。