村上春樹大先生の自伝的エッセー『職業としての小説家』を読んで。

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「ジュテームってなんですか」

ひとつ前の東芝日曜劇場『天皇の料理番』で女優の黒木華(はなではなくはると読む)が演じた主人公の妻が主人公に向かって言うセリフ。福井弁のイントネーションと昭和顔の美人な彼女の雰囲気がマッチしてとても印象的なものとして自分の中に残っている。

「思考芸人ってなんですか」

3年前に実施したトークライブ。この時の肩書きは思考芸人だった。参加してくれたお客さんからこの質問がきた。で、結局なにしているのですか思考芸人って、という質問だったのだが、これに対して、わたしはほぼ直感的にこう答えた。

「ものごとを掘っていくんです。例えるなら、深海に向かってどんどん潜っていきます。すると、深海魚とか、なんか変な生き物とかいるじゃないですか。その中でおもしろなあと思うものを、拾ってきて、みなさんに紹介してるかんじです」

すると質問したかたは、わかったような、わからないような顔で

「はあ」

と答えた。わたしはそれに答えて

「潜るのが大変なのでわたしがかわりに潜ってきますから。わたしひまなので」

言った。

ノルウェーの森という映画に今さらながら出会い、なんとも言えない感覚に襲われ、もう一度見た。そして友達に訪ねた。村上春樹の小説は読むべきかと。すると、読んだほうがいいと言われた。よし、では読むぞ、さあ一発目は大事だぞ、なにから読もうかと思っているうちに、昨日こんな↓本が発売になった。
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今もなお400字詰め原稿用紙5枚の小説を書いている、小説家のたまごとしては、このタイトルの本を手に取らないわけにはいかないだろう。小説を読み始める前に、読むにもいいかもと思って。早速購入して読み始めた。

想像していた感じではまるでなかった。ものすごい変人かと思ったが、おもいきり普通だった。ものすごくおもしろい人だなと思った。基本的にわたしは、移動時間や寝る前など空き時間にしか本を読まないのだが、この本は、時間を作って読んでいる。なぜか、どんどん読まされる。

この人が書く小説読んでみたいって気になった。

そうして読み進めていると、ある言葉に記憶をほじくり返された。ああ、そういえば、村上春樹がこういってたよと言ってくれたんだったと。

ライブの質問をひととおり答えた後、友達とはなした。その友達はわたしにこういった。

「みさおさんの深海に潜るっていう話、村上春樹も同じ事言ってたよ。深く深く掘って、小説のネタを探してくるみたいなこと」

おお、あの村上春樹が俺と同じ考え、やるなあ村上春樹と。冗談でかえしたが、ノーベル文学賞の候補になるような大作家と同じ考えだというのがなんか嬉しかった。それを思い出したのだ。

本の中で、村上春樹は、もうどこでも言っていて、またかと思われるでしょうが、ほんとうのことなので、また書きますがと前置きした上で、思考や考えをどんどんどんどん掘っていくのが、小説を書くうえで大事なことなんですよと書いていた。

おおお、そうやん、そうやん。わたしは、日々色々なことを掘っている。それが他人からみたら超浅いということも多いが、自分のなかでは随分深い。これはもう性みたいなもので、本質的に自分の生き方だ。そういういみにおいて自分は小説家に向いているかもしれない。

この本のしょっぱなで村上春樹は観察は大切と言っている。観察は3度の飯より好きな俺は、そういう意味でも小説家に向いているかもしれない。

新人賞にすでに3回落選しているが、3年くらい書き続けているというのは、きっと本質的にあっているのだろう。あらためて書き続けてきてよかったと思う。

ああ、大先生。

先生は大変罪な本をだされた。この本を手にとった小説家のたまごや売れない小説家の何人もが決意をあらたにしたにちがいない。

村上春樹はたいしたことないと自分で言っている。もしかしたら、俺も、村上春樹まではいかないまでも、小説家になることができるのではないかと。おそらくだが、わたしを含めた彼らの小説が世に確率はかぎりなく0に近い。

それでも我々は書かざるをえないのだ。その文字の90%がブラッグホールに吸い込まれてしまおうとも。