わたしがゴリラに寄せて行こうと思ったわけは

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ランバージャックスというプチ林業をおこなっている団体がある。

薪割りから始めて、今では村の人から「この古墳に生えてる木、景観を損ねるから切ってよ」と依頼されたりする団体になった。その団体でわたしは、重機もしくはゴリラとして雇われている
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このように、この木材をあっちに運べって言われたら「ウホッ」と笑顔で丸太を運び。この枝をあっちに移動しておけと言われたら、ただただユンボのごとく作業する。そしてついには「いっそゴリラに寄せていこ」友達に言われてからは、社長からはゴリラにしては頭使っているなあとほめられたりして、ゴリラとして生きるのもいいかなと思ったりする。

友達の子どもたちは、俺が行くと「ゴリラがきた」よろこんでのってくる。人に必要とされる喜びははかりしれないから、別に人間にこだわる必要もないかなあと思っていた。

そんなある日、いつものようにサーフィンのワンシーンをイラストしていたら、ボトムターンという技をしているサーファーを書いていると、それがゴリラに酷似するというできごとが起こった。そのイラストがこれだ
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そこで思った。いっそ、ゴリラにサーフィンさせるのもいいかも。

実は、もし手の動きがきれいなら、手がながいほうが、切り取ったシーンは美しい。ギャビン・ベッシェンという好きなプロサーファーがいるのだが、彼の手は長く、とてもかっこいいのだ。

ゴリラは手が長いので、もしかしたら見栄えがするのではと、骨格をしらべることにした。するととんでもない事実があきらかになった。

ゴリラは人間に比べて骨盤が長いのだ。

高校生の時盲腸になった。これが修学旅行と重なり、高校生活で一番楽しいとされている修学旅行にいけなかったという暗い歴史があるのだが、まあそれは置いておいて盲腸の手術が始まった。

盲腸はへその横辺りにあるらしく、医者はへその位置を基準にお腹を切る。痛い脊髄注射で下半身の感覚がなくなってきたころ、先生が、じゃあ始めるねといって、へその横をきった。

すると突然先生は「あれ?ないなあ、ちょっとうえすぎた。まあいいか、ごめんね」と言うと同時に、手を入れちょっと離れた位置にある盲腸に手を差し伸べた。

あとから聞いたところによると、私のへその位置は普通の人より上にあったらしく、おもったより上を切りすぎたようだ。それで、大きく手を突っ込まなくならなくなり、そのおかげで私の盲腸の傷跡は相当でかい。見たい人は、また言って、お見せしますから。

それから、わたしの骨盤は人よりやや長いのではと思うようになった。ウエストの位置は高い割に足が短い。胴も足も短いのは、その途中にある骨盤がしめる量が多いからだ。

ひょんなことからサーフィンのボトムターンがゴリラに似ていて、骨格を調べてみたら、ゴリラに寄せるどころかゴリラだったということがわかったのだ。

加えていうと、私の胸郭は上手く閉じていない。肋骨の下のほうが、閉じずに開いているのだ。しかも肋骨が形成する空間はかなり厚みがあり、全体的に四角い。

進化しきってなかったのか。

おれは、友達に、骨盤がながいのは、新種や。ここからやがて手が生えてきて、忙しい未来人は手が四本になる進化をとげる、俺は最先端の人類やと言っていた。

ちがった、逆だった。

ゴリラに寄せるとかいう話ではなくなった。俺がゴリラか人間かは、みなの判断にゆだねることにする。
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