播州赤穂行き新快速

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「三角じるしの1番から12番で二列に並んでお待ちください」
とアナウンスが流れる。14時07分発の播州赤穂行き新快速にのるために草津駅の中央付近にある階段でホームに降り立った時にいつものアナウンスが流れた。

降車駅の大阪での乗り継ぎを考えて私はそのまま前に進んだ。この時間は比較的すいているためさほど混んではいないがそれでも各番号の三角じるしには2人から7人ほどの人々が列をなしていた。

もっとちゃんと並べよといつものように心の中でつぶやいた。そう、あまりきっちり並ばないのだ。東京に比べると関西はそのあたりがルーズなのかいい意味でいい加減なのか、なんとなく並んでいる列が多い。

2列に並んで待ってくれというのにはちゃんと理由がある。電車が到着したら降りる人が降りやすいように、並んでいる我々はモーゼの十戒のように左右にさっとわかれ道を開けるのだ。そのために両方にわかれる。ホームには小学生でもわかるように真ん中に1本線が引かれ足あとを型どったステッカーが左右にはられてある。電車にのる人はそこの上に立てばいいだけなのだ。

ところが全然である。引かれた1本線をまたいで立っている人もいれば、左足だけ白線を踏んでいるものもいる。東京の人が見ればきっと悲しむに違いない。1割体を左に残して右側に立っている人の左横に並ぶ勇気をもつ人はなかなかいない。わたしならその右側に立つ人の左肩に右肩を接触させるように横に並びニコッと微笑むが、全ての人がそんなせこいハートは持ち合わせていない。だからなんとなくその後ろに並ぶ。果たしてこの三角じるしの4番はうねうねとうねりながら見事な1列をなしていく。

わたしもさすがに1列で3人が並んでいるのに、左側の先頭に進んでいく勇気はもちあわせていない。イライラしながらその後ろにつく。これが日常の風景で、この日も半ばあきらめぎみに三角じるしを目指した。するとなんとも美しい列に遭遇した。三角じるし3番の前から2番めの乗り口だ。1両には3つドアがあるので三角じるしの3番は3つある。その2つめの乗り口。

いつもはもっと前に行くのだが、その凛とした整列感に惹かれ私はそのラインの左側についた。待っている人数は6人私が7人目だ。もちろんすべてのラインが煩雑ではなくキレイに並んでいるラインもある。そのなかにあって三番の2つ目が美しくみえたのは弓道部の女子高生が要因だ。そのラインだけ輝いて見えたのは彼女が放つオーラだろう。

彼女は左側の前から2番めに並んでいた。弓道部のユニホームである下が黒い袴の道着に見を包んでいる。右手に2メートルと少しはあるであろう弓をもっている。おそらく顧問の教えなのであろう。真っ直ぐ前を向いて弓を垂直に立てまるで頭のてっぺんを糸で上から吊るされているような美しい姿勢で立っていた。みだりに動くこともなく心を落ち着かせているかのようにたたずんでいた。

ラインの美しさに輪をかけたのはまちがいなく彼女の存在だろう。私はすいこまれるように列についた。その列のラインナップを紹介しよう。先頭の左はハンチング帽にジャケットすがたのお洒落な老紳士、70代後半。右横にはそのパートナーお洒落な淑女60代後半。老紳士の後ろは今回の主役の女子高生、かわらず凛とたたずむ。その横右側に位置するのは40代のサラリーマン。半袖のワイシャツにノーネクタイのクールビズすたいる。

女子高生のうしろは5才くらいの男の子、おとなしそうな頭のよさそうな少年。その右はお母さん、手をつないで立っている。そして少年の後ろは私。計7名のラインナップ。私が入ることによって最大派閥になった。さて事件はここで起きた。まもなくするとアナウンスとともに電車が入ってきた。

速度をゆるめてわたしたちの前にピッタリドアがやってきた。まもなく止まろうとするときに我々は十戒の如く左右にわかれた。少年と母親は手を離した。女子高生は姿勢を崩さず左に移動した。そのドアからは5人ほど降りた。席に座りたいからと、降りる人が降りる前に乗り始める人もいるが、先頭の紳士淑女は最後の人が完全に降りるのをまってからゆっくりと歩みだした。素敵だなと思った。

で次に女子高生が続く。そう、彼女は2メートルを超える弓を持っている。立てたままでは当然ひっかかって入れない。彼女は紳士が動き出すのを確認し自分とのスペースがあくのを充分まってから弓を前に徐々に傾けた。前を下げて前から入ろうという考えだ。前を倒せば当然後ろがあがる。そう後ろには少年がいる。

当然予想されたように、彼女は振り返り後ろの少年の位置を丁寧に確認しながらあたらないように前を下げた。顧問から言われているしもう何度も電車に乗っているのだろう、その仕草は丁寧で美しく微塵も危険さを感じなかった。おお、さすがだなと思いながら私も少年に続こうと足を一歩進め視線を前にした瞬間にその事件は起こった。

コツン。音はならなかったが確実に私の脳の中では音が響いた。彼女の弓が老紳士の脳天を打ったのだ。め〜んイッポンといった感じだ。彼女は手応えを右手に感じ慌てて前を見た。すぐに弓を引き上げすみませんと誤った。さほど強くなかったので、老紳士はかるく半分だけ振り返り、すこしづれた帽子を右手で直して進んでいった。何があたったかわからない様子だった。

彼女は充分配慮していた。これは事故と言っていいだろう。彼女は紳士が乗り込むのを確認した。そして振り返った。不幸はその瞬間に起こった。駅を降りるのを忘れていたサラリーマンがあわてて遅れて飛び降りたのだ。それで一瞬老紳士は道を開けるために止まり1歩後退したのだ。そこに誤差が生じた。しっかりスペースを確保した女子高生と紳士の距離が詰まったのだ。そこに弓の先端が降りていった。

充分配慮した女子高生その姿は美しくさえあった古き良き日本の女性の姿をみた。そこに入り込んできたコントのようなシーン。弓の先端はほんのすこしものすごく弱い力で触れる程度の力であたった。なんとも微笑ましいシーンだった。

ところが少女はとんでもないことをしたとひどく恐縮。前の席から乗っていた弓道部の仲間に弓を手渡し荷物を持ってもらい、あわててその老紳士を追い、何度も何度も頭を下げていた。老紳士と淑女は微笑みながらうなづき彼女の肩をポンポンと叩き、気にしないでとなだめた。

そのおかげで私は終始その日は楽しい気分で過ごせた。いいなあ日本。