すごい怖い顔でコーヒーを注ぎ、業務用スマイルでコーヒーを手渡す女

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どっちかやめようよ。

「いらっしゃいませ」

目だけが笑っている女、いや目の輪郭が笑っているときと同じような形を作りながら迫ってくる女がレジカウンターの向こうからカウンター越しに私の顔をみてそう言った。一瞬メドゥーサに睨まれたような気になり、文字通り蛇に睨まれたカエル状態。今日はカフェラテでも飲もうかと思っていたのに動揺してホットーコーヒーを頼んでしまった。メドゥーサは、いや彼女は、悪魔の呪いをといてあげるよと言わんばかりに私から目線を外した。

彼女はコーヒーを、彼女の背後にあるコーヒーサーバーからコーヒーをカエルのため、いや私のために入れるべく振り返った。最初に私から目線を外した彼女は、次に首を反時計回りに回転させ始めた。目線を外した目は、みるみるうちにその形をかえ、30度ほど回転させた時点で、9割型、彼女が本来持つ目の形に戻っていた。

かろうじて上がっていた口角は、それよりもっと前、わずか15度回転した段階で水平になり、20度あたりでは、口角はマイナス方向にさがり、鯉がパクパクと口をあけたり閉じたりする時の、閉じた時の口のようになっていた。

給仕のために、私に完全に背を向けた彼女の背中からは負のオーラがただよっていた。一番安いコーヒーだから怒っているのか、もっと値段の高い甘い系のドリンクにすれば、もう少しやさしい背中をしてくれたのだろうかと後悔しながら、彼女がコップにコーヒーを注いでくれているのをみていた。

素早い手つきでコーヒーを紙コップにいれ、プラスチック製の蓋をつけ、外れないか確認した彼女は、コーヒーを右手にもって左手を添え、今度は時計回りに身体を回し始めた。普通なら首を最初に回転させるのだが、なにか気になったのか、先に身体が回転し始めた。肩が回りそれにつられて腰が回転し、下半身が回転し、左足が一歩でた。

肩が45度回転したところから首が回り始めた。気になったことが解決したのか、首はスムースに回り始めた。私は再び蛇に睨まれたカエル状態になり、彼女の目にとらわれた。首が45度回転した時に、彼女の右目が見えた。その時は、まだ彼女の目は、彼女の目本来の形をしていた。さいわいまだ、彼女の黒目に捉えられなかった私は、目線を落とし、目だけを動かし、彼女の口元を見た。鯉のパクパクの閉じた時だった、口角はマイナスを示していた。
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さらに彼女の首が回転し60度を超えたあたりで左目が見え始めた。鯉の口を見ていたのがばれたら殺されるのではと思った私は目線を一気に戻し彼女の目を見た。彼女の黒目は幸いにもまだ私を捉えておらず、ほっと胸をなでおろした瞬間、彼女の目の輪郭は形を変え始めた。右目と左目、両方の目が形をみるみる変えだし、いらっしゃいませと私を出迎えてくれた時の目、そう、あの輪郭だけが笑っている時の形を作った。

その時点で完全に私を捉えた彼女の黒目から視線をはずすわけにはいかないので、周辺視野を使って、なんとか口元をみたところ、わずかに水平をこえた口角は、見事にプラス方向にかたむいていた。

「おまたせいたしました。熱いのできをつけてくださいね」

と私はまるで変身などしていないという風にやさしくいって、わたしにコーヒーを手渡した。ありがとうございますとお礼を言って、素早くお金を払って私は席についた。

人間ウォッチングが大好きな私は、本来なら、レジカウンターが見える席に陣取り観察を続けるのだが、人間でない可能性もあり、このまま観察を続けるのは得策ではないとの判断で、カウンターからは見えない場所に、カウンターに背中をみせるような状態で座った。

コーヒーを飲み終えた私は、最後にもういちどメドゥーサの姿を見ようと、ゴミ箱にコップを捨てる時にちらっと一瞬だけ目線をカウンターに投げたが、彼女の姿はそこにはなかった。ホッとしたような、あと一回だけ見たかったなというような気分で店を後にした。

あのお店にもういちどいくかどうかは考え中である。