野洲行き新快速に乗るかほは大人だった

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野洲行きの新快速に大阪駅から乗る。

休日の20時過ぎ。比較的空いているが並び順が5番目なのでまあ座れない。前にはUSJ帰りと思われるお母さんと息子と娘の3人家族。幸い2人がけの席が空いていて息子が真っ先に飛び乗りその席を確保し家族は無事に座ることができた。息子が奥に座りその横にお母さんが座り、お母さんの膝の上に娘が座るという絵が描かれていた。俺もお母さんそう思っていた。

ところがだ、そのように問屋はおろさなかった。

「かほが座るとこない」

かほちゃんと言う4歳か5歳くらいのお嬢さんがぐずりだした。ゴルフの弟子に見せたいくらい見事に股関節を中心に上半身を右に左にねじる。それにつられるようにリラックスした腕が振られる。おお、これでクラブを持ったらスピンの効いた高弾道の球がまっすぐ飛ぶだろうなとイメージできるようないやいやだった。

「かほちゃん、お母さんの上にほら」

とくいくいと足を動かし、足を叩いて、ここに座ればいいやんって感じでかほちゃんを導く。それでもかほはゆずらない

「いやや、いやや、かほの座るところがない」

お母さんは疲れていた。おそらく立ち上がってかほに席を譲る元気もなかったのか。一日中この様子で疲れたのだろうか。お母さんはかほに言った

「じゃあそこに立っていなさい。約束守れなかったらもうおでかけしないからね」

その声にますます火がついたかほはさらにはげしく上半身を回転させ、首の振りも加えて、エッセンスに涙もプラスして一オクターブ声をあげて、もういややと言った。お母さんは深い溜め息をついて頬杖をついて目を閉じた。

電車の席に座って流れる車窓に興奮していた息子は窓の外を見ながらお尻でぴょんぴょん跳ねていたが、お母さんの気、かほの様子を察知して立ち上がり

「かほ、ここに座り」

と言った。かほはうんと首を縦に振り座った。座ることで機嫌が良くなったかほはお兄ちゃんに、おにいちゃんも座れるよと言いながらお母さんの方に詰めた。空いたスペースにお兄ちゃんは座った。

座ることができ満足したかほ。10分ほど前を向いておとなしく座っていたのだが、落ち着いてきたのか、目をつぶっているお母さんの顔をのぞきこんだ。そしてお母さんの膝の上に座った。お母さんの膝の上にお母さんのほうを向いて座りお母さんの首に手を回した。さすがにお母さんも目をあいて頬杖を外してかほを見た。かほはお母さんと目があった瞬間言った

「おかあさん、おこってるの?」

おかあさんは、気を使わせてしまったことに驚いたのか、またやってしまったと思ったのか、この子ったら本当にもうと思ったのがわからないが、さらに顔を近づけて言った

「怒ってないよ。ちょっと疲れただけ。ちゃんと言うこときかないとだめだよ」

かほはお母さんが笑ったのが嬉しかったのか、うんと大きくうなづき、上半身をひねって進行方向に向いた。

子供って大人だなあと思った。微笑ましいなあと思った。いい話なのでカットかなと思いつつメモ帳をとりだしメモをとった『新快速かほ』と。