河村総合研究所は主観でしかものごとを見ていません

シェアする

河村総合研究所は、世の中にある複雑な事象を、調査研究分析して理論化し、それを世に放つという事を生業としているシンクタンクです。

そこの主任研究員兼所長を、わたくし河村操はやっています
まるはだか
独自の分析により、これまで世の中の一部の人に役立つ情報は提供できておりますが、この分析は、わたし独自の見解であり、自分の持っている考え方を中心におこなったものでありますから、それはまったくの主観になります。

主観はだめだ、客観視しないとという声もあり、実際にわたしも、その考えで分析をおこなっていますが、最初にすべきは、やはり主観による分析です。

例えば、弊所の代表的な研究対象としてサーフィンの上達というのがありますが、これは、完璧にわたしの主観で切りまくっています。客観的にみることはできても、きるのはあくまでも主観でしかないのです。

もし自分の理念や思いをそこに使わないのなら、わたしがやる意味はまったくなくなってくるのです。だから、今後も、この方針はかえることはありません。あくまでもわたしの独断と偏見で、世の中を切っていきます。

で、なのです。だからのなのですが、わたしたち河村総研は、ひとつのおおきな企業理念を掲げているのです。それはこちら
スクリーンショット(2015-03-06 9.29.38)
当然ですよね。自分たちの主観でやっている以上、それを、みんなに強制すると、それは大変おかしくなってきます。理屈が通らないです。

人には自分らしく生きる権利がある。どういう生き方を選ぼうと自由なのです。なので、我々も、自信をもって理論を発表します。ですが、それを選ぶのは選ぶ人の自由なのです。

強い主観をもつのをよしとせず、客観がいいとされるのは、その主観に強制をひっつけたり、連想したりするからです。どうしても、強く主観を持って、それを主張すると、あいつは強引だという印象を持たれてしまいます。

だから、人は、強い主張をせず、目立たつ生きていこうとするのです。出る杭は打たれるっていいますからね。

でもね、そこを切り離すと、とても上手くいくのです。

わたしは、世の中を主観で切り取って得た強い主張があります。わたしは、声高らかに、それをここに宣言します、といえば、すごく押しの強い、革命家っぽい感じがありますよね。ですが、そこに、それを強要しないと付け加えることで、全然ちがってきます。

わたしは、強い理念や信念があります。ですが、それは、わたしにとっての正解であり、ほかの人にとっては正解どころか、間違いだという可能性が大いにあるのです。だから、わたしは、それを一切強要しません。

とやると、とたんにあるものが見えてきます。

そうなんです、その主張は、ひとりひとりがもち、それぞれが全然違うものなのです。これがわかると、どうでしょう。そうなんです、その主張を、尊重することになります。自分はこう思うが、みんなはそう思っていない、だから、そっちの意見も尊重しなければならないってことになるんです。

育ってきた環境、学んできたことは、ひとそれぞれ違います。だから、考え方が全部同じなんて、ありえないです。同じだとしたら、それは少し気持ち悪いです。

主観で見て、客観的にそれをみて、その上で、それを自分たちの主張としてだす。ところが、ひとそれぞれ考え方があるので、それを強要することはしない。もしよかったら、どうぞ、これは我々が100%自信を持ってお届けしているものですよ、もしよろしければという感じでいくのが、今のところ、一番いい、生き方ではないかなと我々は、主観に基づいて、伝えております。