ヤキソバはセットなのか定食なのか、豚モダンは定食なのか単品なのか。それが問題だ。

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「はい、いらっしゃい、お兄ちゃんカウンターどうぞ」

職場近くのお好み焼き屋。少し始動が遅れ、店に入ったのはお昼12時の10分前。店はまだそんなに混んでいなかったが、昼に向けたくさんの客が詰めかけるのを予想した店主がコの字型になったカウンターの中の鉄板で左手にコテ、右手にコテを持ち焼きそばをやきながら顎で右奥の空いている席を指した。11時30分までにはいればテーブルに座らせてくれる(写真はイメージです)
ちなみに梅田のココイチもそう。昼以外はテーブルに座らせてくれる。カウンターでもいいのだがテーブルだとゆったりできるので私は好きだ。とはいえ、お腹を満たすのが目的なのでカウンターでも全然いい、店主がうながす位置に席をとった。その瞬間店主が

「単品?定食?」

とまずは聞いてきた。ランチタイムにはランチがあり、セットになっていてご飯と味噌汁がつく。要はその質問、お好みもしくは焼きそばを単品で頼むか、セットで頼むかの質問なのだ。先にセットとわかれば奥の厨房でセットの準備が始まる。外のメニューにあった焼きそばセットを頼もうと思っていた俺はとまどった

「定食?」

焼きそばセットは書いてあったが焼きそば定食がなかった俺はとまどって、定食ってなによって感じで聞いた。それを注文とかんちがいした店主は

「はい、定食いち」

と奥に叫んだ後続けざまに

「何定食?」

と聞いてきた。いやいや定食じゃないよセットだよと思った俺は

「セット?焼きそばセット」

と言った。すると店長はセットなんて言葉はじめて聞いたという風な顔で

「セット?あ、セット、焼きそばのセットね」

と言った。ここにはセットなどというものはないが、このお兄ちゃんはおそらく定食のことをセットというのだろう、まあ間違えてるのだろうがセットにしといたろって感じだった。焼きそばセットを食べたかった私は、動揺もあり、

「そう、セット、焼きそばセットね」

と何とか注文した。すると店主はうんとうなづき、厨房に向かって

「焼きそば定食でいっちょう」

と叫んだ。なんやねんと思った。定食がいいやすいんやったら、前の看板全部定食にしとけよ、たまにセットと定食が両方存在して、それぞれすこしちがうってことがあるから、俺は慎重になっているのだ。別に日本語を正しくとか、言う気はない。セットか定食かはとても大切なので、俺はオモテの看板で何度も確認した。セットでまちがいない。

結局看板どおりの焼きそばセットが焼きそば定食お待たせしましたという店員の声と共にでてきた。ややこしいねんやったら、もう定食にかえとけよ。

と、いきなり面白い感じで始まったのだが、今日お伝えしたい本題はそれではない。そのあと時計が12時を打った後、途端に忙しくなり、12席あるコの字型カウンターはあっというまにいっぱいに。8席あるテーブルも全て埋まってしまった。当然のように注文が飛び交い、店主は慣れた様子でさばきメニューをどんどん作っていった。店主はまず、俺にやったように単品か定食かを聞く。

お好み焼きととん平焼きはコの字型カウンターの中にある鉄板で店主が焼く。ヤキソバは奥の厨房で誰かが焼く。定食の、いやセットのご飯とお味噌汁と漬物のセットは奥の厨房で用意する。だから、奥にオーダーを効率よく通すために定食か単品かまず聞くのだ。

慣れた客には問題ない、聞かれた尻から「豚玉、定食で」とか「ヤキソバ、単品で」と答える。ところがはじめての客はたまったものじゃない、お好み焼きにするかヤキソバかも決まっていないのに、もしかしたらもっと他のにするかもわからないのにいきなり「単品?定食?」と言われても困る。始めてきた客のひとりは豚モダンが食べたかった。

その客が席についた瞬間に店主は「単品?定食?」と聞かれた。とまどった客は「て、定食?」と言いながらあたりをキョロキョロ見回し始めた。そしてその後に「豚玉のモダン焼き」と注文した。客が言った定食?は豚モダン定食にするよという意味での定食?ではなく、なんやねん定食って、そんなのあるのかよという意味の定食?だったのだ。

ところが店主はそうとらなかった。店主の必殺の質問である「単品?定食?」の質問に定食と答えた後、豚モダンと注文したととったのだ。そうなると、その豚モダンは店主にとっては豚モダン定食になる。店主は奥の厨房に「豚モダン定食いっちょう」と声高らかに発注した。横で聞いていた俺は、今だから、その注文が間違っているというのがわかるが、店主とその男性とのやりとりを聞いている時点では、それが単品だったのか定食だったのか判断つきかねた。

この男性も、店主の豚モダン定食いっちょうの声を聞いたのだから、ああ、ちゃいますよ、俺は単品やでと言ってもいいのではと思われると思うが、それは不可能だ。店主は同時にはいってきた他のお客さんの注文をいっぺんに聞き、2,3人ごとにまとめて厨房に発注するシステムをとっていたからだ。どうやらそこの豚モダンは人気なのか、豚モダン定食を頼んでいた人もいて、そのあたり、店主が誰の注文をどのタイミングで言っているのかなんてわからなかったのだ。

興味を持って聞いている俺でさえそうなのだから、ただお好み焼きを食べにきているひとが、店主の行動などいちいちみているはずもないのだからね。

ついに事件が起きた。奥の厨房から、その男性の方に向かって店員が「お待たせしました、豚モダン定食です」と言って渡そうとした。するとその男性は「定食ちゃう、俺単品と言った」店主は「えええ、単品?」と言った。

ちなみにそのお店はお客様は神様ですとか、うちは接客命ですみたいなのは全然なく。お前ら金払う、俺食べ物提供するって感じなのだ。だからといって、いやな感じは全然なく、普通に接客している。おもてなし過剰な昨今においてなんだか心地よかった。

「おたく定食違った?」と詰め寄るとお兄ちゃんは、違いますと顔の前で右手を左右に振って全力で否定した。店主も怒っているわけではないのだが、言葉が強いので、その人は完全に萎縮して恐縮してた「そうか、まあええわ、ほんだらご飯と味噌汁ひいて」と持ってきた店員に言った。店員はへいへいとそれを下げて、お兄ちゃんは豚モダン単品をテーブルの前におかれひと安心といった風だった。

そのあと店主は解せんなあという感じで腰に手を当てて仁王立ちした。そして何と店主は誰に向かってというわけでもないのに比較的大きな強めの口調で

「豚モダン定食ゆーたん誰や」

って言った。強い口調、仁王立ち、大きめの声で放たれた言葉は空気を凍りつかせた。豚モダンを単品で頼んだのに定食にされそうになった兄ちゃんは、一口目を口に入れようとしたところで固まった。ご飯を待っている人、食べている人たちも何だか固まったようになった。そんな中、その様子を逐一観察してた俺は吹き出してしまった

「はは」

すると店主は声の発信場所である俺の方を一瞬で振り返り見て「兄ちゃんか、豚モダン定食」と言った。俺はそれ以上吹き出さないようにしながら「俺ヤキソバくうてるやん」と言った。すると店主は優しく笑い「そやな」と言った。店主が笑ったことで凍りついた空気は再びあたたかみをおび、お兄ちゃんは口の前で止まっていた豚モダンを口の中に放り込んだ。

忙しいので、そんなことにいつまでもかまってられへんとした店主は何事もなかったように鉄板でお好み焼きととん平焼きを再び焼き始めた。そうするとしばらくして奥から店員が俺の後ろを通りながら「お待たせしました豚モダン単品です」と俺の3つ右隣の席のサラリーマン風のお兄ちゃんに声をかけた。するとなんとそのお兄ちゃんは「俺定食やで」と言った。

そのやりとりをお好み焼きをやきながら右側に感じていた店主は「兄ちゃんやったか定食は。ほらなおうとったやんけ、こっちがこっちやったんや」と俺の方を見ながら、先ほどの兄ちゃんとサラリーマン風の兄ちゃんを指差しながら言った。俺はヤキソバを口にほおばりながら、せやせや、店長は間違ってないって感じでうなづいた。

あきらかに満足した感じに背中から出すオーラーを変えた店主は、鼻歌でも歌い出すような感じで、食べ終わって帰る客に「ありがとうございました〜」と元気よく声を出した。

俺は胸ポケットから手帳をとりだしペンで『モダン焼き劇場』とメモした。この記事をブログに書くために。